狼のいる場所 4
翌日は、土曜日で二人とも休みなので朝寝坊した。それからスーパー銭湯に行き風呂やサウナでくつろぎ、銭湯のレストランで食事をして帰ってきた。私にはありふれた日常なのだが、彼は男とデートするのは初めてだととても嬉しそうだ。
アパートに帰ってから寝ながら色んな話をした。彼は誰もが知っている一流大学卒だった。3年位から症状が出始め1年休学して治療に専念し、薬を服用しながらなんとか卒業したそうだ。もし病気に成らなければ大企業に就職し順風満帆の人生を送っていただろう。入院だけはもうしたくないとポツリとつぶやいた。
この容姿だからアプローチされる事は多かっただろう。しかし人並みに恋をして相手と関係を深める事は難しい。いずれ病気の事が分かれば皆彼を避けるようになる。そんなことが続けばまた病気が悪化し心が壊れてしまうかもしれない。何よりも彼自身が一番それを分かっていた。私のことも一度だけの遊びと割り切っていたが、病院で再会してからどうしてもまた会いたくなり我慢できずに後をつけてしまったそうだ。ただ好きな人に会いたかっただけなのである。
布団の中で抱き合っていたがふと彼が真顔になり「それじゃ、本当に誰か部屋に入ってたの?」「汚れた下着無くなってたし、カメラで盗撮されてたんだ」盗撮用の小型カメラを見せると「酷いなこれは犯罪だよ
。警察に届けた?」「動画確認されるのが恥ずかしい。一人でしてる動画も有ったし」彼はしばらく夜はこちらに来て泊まることにしてくれた。心細かった私も強面でデカい体の彼が部屋に出入りしていれば心強い。着替えや洋服も持って来ることになった。「男と暮らすなんて初めてだ。同棲してるみたいだな」
なんだか彼はソワソワして落ち着かない様子だ。「このまま結婚しようか?」とからかうと「ほんとに?俺は良いけど。それプロポーズか?」と二人で大笑いした。久しぶりに誰かと笑い合えた。
その夜、昨年の忌まわしい記憶をまた思い出した。忘れてしまいたい出来事で、自らの心を守るために記憶の深いところに置いてあるつもりだったが。その男は30歳前後で以前住んでいた同じマンションの数階上に住んでいた。突然部屋まで来て「花の鉢植えは要りませんか?増えてしまって。窓際に置きますか?」と今にも中に入りそうな感じである。男が花を育てるのは珍しいなと思い違和感を憶えた。その時は、植物に興味が無いのではっきりと断ったのだ。それ以降はエレベーターなどで会って挨拶する程度だった。ある日部屋まで我慢できず、マンションの共用トイレで用を足していると急に後ろから口を抑えられ半ば強引に個室に連れ込まれた。私は男のドス黒い欲望に蹂躙されたのだ。ズボンを降ろされ背後から乱暴に指を挿入されしつこくかき回されて犯された。ものすごい力でまったく逃げられなかった。薄暗いトイレで犯されるなんて忘れたい悪夢のような出来事だった。もっと自分を責めたのは、そんな状況なのに私の体は反応してしまったのだ。奥深くまで突かれるたびにあまりの痛みで声を上げてしまった。男は私の反応を見ながら首筋と髪の匂いを嗅いでいる。「あぁ、いい匂いだ。好きだよ、好きだ。どうしていつも俺を無視するのさ?俺だけのモノになれよ」激しくピストンしながらドクドクと射精され中から汚されたのが分かり絶望的な気分になった。私もほぼ同時に男に一物を激しくしごかれて汚い床に果ててしまった。乱暴に扱われたのに体が反応するなんて悔しくて惨めで堪らなかった。一刻も早く立ち去りたくて男がズボンを上げてる隙にトイレから逃げ出したのだ。部屋に入ろうとしたときに鍵がないことに気づき、急いでトイレに戻ると上着を掛けるフックに掛けてあった。違和感を感じたが一刻も早く汚れを洗い落としたくて頭が回らなかった。それからの記憶は曖昧で、シャワーで何度も体を洗ったのは憶えている。鍵は男が拾って、その時おそらく合鍵用にスマホで写真を撮ったのかもしれない。鍵の番号が分かれば合鍵を作れることは後から知った。
びっしょりと汗をかいて目が覚めた。心臓を鷲掴みされたような緊張感で動悸が早い。その時横で彼が健やかな寝息で寝ていたのに気付いて私は救われた。彼の体に顔を寄せると寝ぼけながら私をしっかりと抱き寄せてくれた。彼の胸で暫く涙が止まらなかった。私の泣き声で彼が目を覚まし心配そうに見つめてくる「怖い夢見た?」私をギュッと強く抱きしめ頭と背中を優しく撫でてくれる。「みんな特別な事情があるし、誰にも言えない秘密もあるけど、俺で良かったら全部吐き出せ」と言われ今まで一人で堪えてきたものが開放され泣き声が激しい嗚咽へと変わってしまった。レイプされたこと、警察に通報されると思ったのか男の方が直ぐに引っ越したことなどを一気に話した。「部屋に入って盗撮したのはその男だと思うかい?」「あいつ以外考えられない」「それってもうストーカーになってるね」ドアに体液を掛けられたことも話すと、彼が「もう一緒に住もう。心配でたまらないし、ストーカーは頭に血がのぼると何するか分からない」「そうだね、そうしてくれると心強いよ」こうして二人の関係は急速に深まっていった。こんな気持ちになるのは久しぶりだった。
だが彼と付き合い始めて関係が深まるにつれ、その病気の特性である症状の波が良く見えるようになった。一度数日間薬を飲まなかったことがあった。早々に目がギラギラと表情が険しく変化し、一緒に外出しても常に私にピッタリと付いてくる。すれ違う男を睨みつけ「あの男と知り合いなのか?いまあいつがお前のこと見てたぞ。俺の男に色目使いやがって」「知らない人だよ」「もうアイツと寝たのか?ケツまで犯らせたのか?」「本当に会った事無いよ」完全に被害妄想が出ている。しかも言葉も粗野で下品になり攻撃的だ。これは完全に薬を飲んでないなと思った。
「そう言えばこっちに来てから薬飲んでるの見たこと無いよ」「こっちに持って来てないし、付き合ってからは調子良いから」「必ず定期的に飲むのを約束したよね。明日仕事の帰りに取りに行って。約束だよ!」「分かった。分かったよ」このパターンで薬を飲まなくなるようだ。何故か根拠の無い自信が症状の悪化につながるんだなと思った。
本人に自覚が無いのが難しい所だ。彼はうつ状態はあまり無く陽性の興奮状態が強く前に出るタイプのようだ。もちろんセックスも興奮状態の時は疲れを知らず二度三度と続けて私を抱こうとする。とても付き合えないので拒否すると、最後は私の上で激しく腰を使いスマタしながら一人で果てることも有ったほどだ。私の言う事にはまだ耳を貸してくれる。だがもっと症状が悪化すると私の言葉も届かなくなるかも知れない。それがこの病気の一番厄介なところだ。それからは、これに懲りて薬の服用管理は私がすることにした。
一ヶ月ほど変わり無く過ぎたが、
ある日曜日の朝に警察から刑事が訪ねてきた。隣の市で強制猥褻事件があり、犯人の取り調べ中余罪の自供から私の名前が出てきたらしい。
「被害者の性別は?」「男子大学生です」
男の写真を確認して欲しいという。間違いないあの男だ。刑事から貴方も訴えるのであれば警察まで来てほしいと。何という事だ。あの時警察に届けていたら新たな被害者が出なかったかもしれない。私自身の事で精一杯でそこまで考えが及ばなかった。二度と思い出したくない記憶だったし。中に居る彼に手短に状況を伝え警察まで行くことにした。「大丈夫?また辛いことを思い出す事になるよ。一緒に行くよ」「ありがとう。側に居てくれたら耐えられるかも」「もう許せないな。これ以上自分の彼氏が苦しむのは見たくないよ。二人で乗り越えよう」と言ってくれた。彼が居なかったら警察まで行く勇気はなかったと思う。犯人は他にも余罪が1件あり、強制性行、強制猥褻、不法侵入、盗撮等で裁判となり執行猶予なしで実刑となった。
それからは、数ヶ月間私は感情が不安定になり不眠とパニック発作に悩まされた。彼は毎日仕事が終わると病院にバイクで迎えに来るようになった。後ろに乗り腰に手を回して大きな背中を独占する。彼の体温と匂いを感じると心も癒やされた。毎晩寝る時にはしっかりと抱きしめてくれ私が眠るまで背中を撫でてくれた。彼の愛情深い支えで少しずつ症状は改善に向かって行ったのだ。
夕食は、毎日彼が作ってくれる。外食はせずいつも自炊していたので苦にならないようだ。「一人分も二人分も変わらないよ」と言い、手際良くやっている。味も美味しかった。人は見かけによらないものである。見た目からの偏見や思い込みを反省した。「恋人と食べるのが一番美味しい。いつも出会い系で会ってもヤルだけで終わりだったよ。デートなんてしたことが無かった。こんなに幸せでいいのかな」と目に涙が滲んでいる。こんなゴツい男の泣き顔を見て胸が締め付けられた。どれほどの孤独と挫折だったのか。額を合わせてから唇にそっと接吻した。「二人で頑張ろうって言ってくれたよね?」彼の頬に涙が何度もこぼれて落ちるのが見えた。案外私達二人は似た者同士なのかもしれない。互いに相手を補い合い、そして互いを必要としている。
薬をしっかり服用しているため症状も落ち着いてきた。彼は、元来の頭の良さもあり、学生時代から受けていた税理士の勉強を再開した。この難関試験を何と在学中に既に数科目合格していたのだ。それは最後まで取らないともったいない。彼は勉強に集中するため仕事を辞め、朝から近くの図書館で勉強する日が続いた。
「資格を取ってからプロポーズする。俺がお前を食わせていくよ」「ありがとう。早くしないと他の男と結婚しちゃうよ」「それは駄目だろ。絶対他の奴には渡さない」彼は俄然集中力が増してきて毎日夕食後も遅くまで勉強を続けていた。やはり何か目的が出来ると励みになるものだ。そのパワーが無いと人は生きていけないのかもしれない。私の収入と合わせればもっと広いマンションを買って住めるだろう。そうすれば男二人で住んでも誰にも文句は言われない。
ついこの間まで名前も知らない人であった彼が、今は自分にとって太陽のような存在になったことが不思議でならない。こんな出会いが有るなら人生も悪くないなと思った。私は彼の孤独な苦しみと困難を全て受け入れる準備が出来た。彼は私の人生をかけるに相応しい男だ。この愛しい男と暮らすために私は腹を括ったのである。
その時、私は初めて彼を深く愛していることに気付いた。
アパートに帰ってから寝ながら色んな話をした。彼は誰もが知っている一流大学卒だった。3年位から症状が出始め1年休学して治療に専念し、薬を服用しながらなんとか卒業したそうだ。もし病気に成らなければ大企業に就職し順風満帆の人生を送っていただろう。入院だけはもうしたくないとポツリとつぶやいた。
この容姿だからアプローチされる事は多かっただろう。しかし人並みに恋をして相手と関係を深める事は難しい。いずれ病気の事が分かれば皆彼を避けるようになる。そんなことが続けばまた病気が悪化し心が壊れてしまうかもしれない。何よりも彼自身が一番それを分かっていた。私のことも一度だけの遊びと割り切っていたが、病院で再会してからどうしてもまた会いたくなり我慢できずに後をつけてしまったそうだ。ただ好きな人に会いたかっただけなのである。
布団の中で抱き合っていたがふと彼が真顔になり「それじゃ、本当に誰か部屋に入ってたの?」「汚れた下着無くなってたし、カメラで盗撮されてたんだ」盗撮用の小型カメラを見せると「酷いなこれは犯罪だよ
。警察に届けた?」「動画確認されるのが恥ずかしい。一人でしてる動画も有ったし」彼はしばらく夜はこちらに来て泊まることにしてくれた。心細かった私も強面でデカい体の彼が部屋に出入りしていれば心強い。着替えや洋服も持って来ることになった。「男と暮らすなんて初めてだ。同棲してるみたいだな」
なんだか彼はソワソワして落ち着かない様子だ。「このまま結婚しようか?」とからかうと「ほんとに?俺は良いけど。それプロポーズか?」と二人で大笑いした。久しぶりに誰かと笑い合えた。
その夜、昨年の忌まわしい記憶をまた思い出した。忘れてしまいたい出来事で、自らの心を守るために記憶の深いところに置いてあるつもりだったが。その男は30歳前後で以前住んでいた同じマンションの数階上に住んでいた。突然部屋まで来て「花の鉢植えは要りませんか?増えてしまって。窓際に置きますか?」と今にも中に入りそうな感じである。男が花を育てるのは珍しいなと思い違和感を憶えた。その時は、植物に興味が無いのではっきりと断ったのだ。それ以降はエレベーターなどで会って挨拶する程度だった。ある日部屋まで我慢できず、マンションの共用トイレで用を足していると急に後ろから口を抑えられ半ば強引に個室に連れ込まれた。私は男のドス黒い欲望に蹂躙されたのだ。ズボンを降ろされ背後から乱暴に指を挿入されしつこくかき回されて犯された。ものすごい力でまったく逃げられなかった。薄暗いトイレで犯されるなんて忘れたい悪夢のような出来事だった。もっと自分を責めたのは、そんな状況なのに私の体は反応してしまったのだ。奥深くまで突かれるたびにあまりの痛みで声を上げてしまった。男は私の反応を見ながら首筋と髪の匂いを嗅いでいる。「あぁ、いい匂いだ。好きだよ、好きだ。どうしていつも俺を無視するのさ?俺だけのモノになれよ」激しくピストンしながらドクドクと射精され中から汚されたのが分かり絶望的な気分になった。私もほぼ同時に男に一物を激しくしごかれて汚い床に果ててしまった。乱暴に扱われたのに体が反応するなんて悔しくて惨めで堪らなかった。一刻も早く立ち去りたくて男がズボンを上げてる隙にトイレから逃げ出したのだ。部屋に入ろうとしたときに鍵がないことに気づき、急いでトイレに戻ると上着を掛けるフックに掛けてあった。違和感を感じたが一刻も早く汚れを洗い落としたくて頭が回らなかった。それからの記憶は曖昧で、シャワーで何度も体を洗ったのは憶えている。鍵は男が拾って、その時おそらく合鍵用にスマホで写真を撮ったのかもしれない。鍵の番号が分かれば合鍵を作れることは後から知った。
びっしょりと汗をかいて目が覚めた。心臓を鷲掴みされたような緊張感で動悸が早い。その時横で彼が健やかな寝息で寝ていたのに気付いて私は救われた。彼の体に顔を寄せると寝ぼけながら私をしっかりと抱き寄せてくれた。彼の胸で暫く涙が止まらなかった。私の泣き声で彼が目を覚まし心配そうに見つめてくる「怖い夢見た?」私をギュッと強く抱きしめ頭と背中を優しく撫でてくれる。「みんな特別な事情があるし、誰にも言えない秘密もあるけど、俺で良かったら全部吐き出せ」と言われ今まで一人で堪えてきたものが開放され泣き声が激しい嗚咽へと変わってしまった。レイプされたこと、警察に通報されると思ったのか男の方が直ぐに引っ越したことなどを一気に話した。「部屋に入って盗撮したのはその男だと思うかい?」「あいつ以外考えられない」「それってもうストーカーになってるね」ドアに体液を掛けられたことも話すと、彼が「もう一緒に住もう。心配でたまらないし、ストーカーは頭に血がのぼると何するか分からない」「そうだね、そうしてくれると心強いよ」こうして二人の関係は急速に深まっていった。こんな気持ちになるのは久しぶりだった。
だが彼と付き合い始めて関係が深まるにつれ、その病気の特性である症状の波が良く見えるようになった。一度数日間薬を飲まなかったことがあった。早々に目がギラギラと表情が険しく変化し、一緒に外出しても常に私にピッタリと付いてくる。すれ違う男を睨みつけ「あの男と知り合いなのか?いまあいつがお前のこと見てたぞ。俺の男に色目使いやがって」「知らない人だよ」「もうアイツと寝たのか?ケツまで犯らせたのか?」「本当に会った事無いよ」完全に被害妄想が出ている。しかも言葉も粗野で下品になり攻撃的だ。これは完全に薬を飲んでないなと思った。
「そう言えばこっちに来てから薬飲んでるの見たこと無いよ」「こっちに持って来てないし、付き合ってからは調子良いから」「必ず定期的に飲むのを約束したよね。明日仕事の帰りに取りに行って。約束だよ!」「分かった。分かったよ」このパターンで薬を飲まなくなるようだ。何故か根拠の無い自信が症状の悪化につながるんだなと思った。
本人に自覚が無いのが難しい所だ。彼はうつ状態はあまり無く陽性の興奮状態が強く前に出るタイプのようだ。もちろんセックスも興奮状態の時は疲れを知らず二度三度と続けて私を抱こうとする。とても付き合えないので拒否すると、最後は私の上で激しく腰を使いスマタしながら一人で果てることも有ったほどだ。私の言う事にはまだ耳を貸してくれる。だがもっと症状が悪化すると私の言葉も届かなくなるかも知れない。それがこの病気の一番厄介なところだ。それからは、これに懲りて薬の服用管理は私がすることにした。
一ヶ月ほど変わり無く過ぎたが、
ある日曜日の朝に警察から刑事が訪ねてきた。隣の市で強制猥褻事件があり、犯人の取り調べ中余罪の自供から私の名前が出てきたらしい。
「被害者の性別は?」「男子大学生です」
男の写真を確認して欲しいという。間違いないあの男だ。刑事から貴方も訴えるのであれば警察まで来てほしいと。何という事だ。あの時警察に届けていたら新たな被害者が出なかったかもしれない。私自身の事で精一杯でそこまで考えが及ばなかった。二度と思い出したくない記憶だったし。中に居る彼に手短に状況を伝え警察まで行くことにした。「大丈夫?また辛いことを思い出す事になるよ。一緒に行くよ」「ありがとう。側に居てくれたら耐えられるかも」「もう許せないな。これ以上自分の彼氏が苦しむのは見たくないよ。二人で乗り越えよう」と言ってくれた。彼が居なかったら警察まで行く勇気はなかったと思う。犯人は他にも余罪が1件あり、強制性行、強制猥褻、不法侵入、盗撮等で裁判となり執行猶予なしで実刑となった。
それからは、数ヶ月間私は感情が不安定になり不眠とパニック発作に悩まされた。彼は毎日仕事が終わると病院にバイクで迎えに来るようになった。後ろに乗り腰に手を回して大きな背中を独占する。彼の体温と匂いを感じると心も癒やされた。毎晩寝る時にはしっかりと抱きしめてくれ私が眠るまで背中を撫でてくれた。彼の愛情深い支えで少しずつ症状は改善に向かって行ったのだ。
夕食は、毎日彼が作ってくれる。外食はせずいつも自炊していたので苦にならないようだ。「一人分も二人分も変わらないよ」と言い、手際良くやっている。味も美味しかった。人は見かけによらないものである。見た目からの偏見や思い込みを反省した。「恋人と食べるのが一番美味しい。いつも出会い系で会ってもヤルだけで終わりだったよ。デートなんてしたことが無かった。こんなに幸せでいいのかな」と目に涙が滲んでいる。こんなゴツい男の泣き顔を見て胸が締め付けられた。どれほどの孤独と挫折だったのか。額を合わせてから唇にそっと接吻した。「二人で頑張ろうって言ってくれたよね?」彼の頬に涙が何度もこぼれて落ちるのが見えた。案外私達二人は似た者同士なのかもしれない。互いに相手を補い合い、そして互いを必要としている。
薬をしっかり服用しているため症状も落ち着いてきた。彼は、元来の頭の良さもあり、学生時代から受けていた税理士の勉強を再開した。この難関試験を何と在学中に既に数科目合格していたのだ。それは最後まで取らないともったいない。彼は勉強に集中するため仕事を辞め、朝から近くの図書館で勉強する日が続いた。
「資格を取ってからプロポーズする。俺がお前を食わせていくよ」「ありがとう。早くしないと他の男と結婚しちゃうよ」「それは駄目だろ。絶対他の奴には渡さない」彼は俄然集中力が増してきて毎日夕食後も遅くまで勉強を続けていた。やはり何か目的が出来ると励みになるものだ。そのパワーが無いと人は生きていけないのかもしれない。私の収入と合わせればもっと広いマンションを買って住めるだろう。そうすれば男二人で住んでも誰にも文句は言われない。
ついこの間まで名前も知らない人であった彼が、今は自分にとって太陽のような存在になったことが不思議でならない。こんな出会いが有るなら人生も悪くないなと思った。私は彼の孤独な苦しみと困難を全て受け入れる準備が出来た。彼は私の人生をかけるに相応しい男だ。この愛しい男と暮らすために私は腹を括ったのである。
その時、私は初めて彼を深く愛していることに気付いた。
25/05/04 16:05更新 / tak
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