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夕立ち  第四章 冬空
第四章 冬空


あの日以来、坂井と藤野は、自然な流れで互いを求め合うようになった。
二人の距離には、最初の頃のためらいは、もうない。

藤野は坂井の肩を軽く抱き寄せ、
坂井は照れたように眉を寄せながらも、その手を振り払わない。

夜、坂井の家で熱を帯びていく坂井と藤野。

「……修」
「賢治さん……」

胸に触れられると、もう身体は素直に反応し、
口付けを交わせば、互いの呼吸はすぐに乱れる。

藤野は相変わらず、坂井を導くように抱いた。
焦らすように触れ、反応を確かめ、
坂井が堪えきれずに藤野の肩へ縋る瞬間を、深い愛しさをもって受け止める。

そのたび坂井は、
「こんな自分を知っているのは修だけだ」
という悦びに、身体の奥まで満たされていった。

そして藤野もまた、
普段は皆に頼られる坂井が、自分の腕の中でだけ見せる熱と甘えに、どうしようもなく惹き込まれていた。

だが、農業仲間たちの前では、今まで通りだった。

「坂井さん、その機械貸してくださいよ」

「壊すなよ、修」

そんな軽口を交わしながら、
二人はあくまで“気の合う農業仲間”を演じ続ける。

しかし、時折、その均衡が危うく揺れる。

藤野が何気なく坂井を目で追ってしまう。
坂井もまた、誰かと話している藤野の横顔を、必要以上に見つめてしまう。

ある日、共同作業の休憩中。
縁側で麦茶を飲んでいた坂井に、藤野が無意識に近づきすぎた。

肩が触れそうな距離。

その瞬間、向かいに座っていた仲間の一人が、ふと二人を見比べる。

「……お前ら、最近やけに息合ってんな」

冗談めいた口調だった。
だが、その一言に、坂井の心臓がどくりと鳴る。

藤野は平静を装いながら笑った。

「坂井さんに、こき使われてますから」

「誰がこき使ってるんだよ!」

坂井もすぐに返す。
周囲は笑い、空気は流れていく。

だが、笑いながらも坂井は感じていた。

――危ない。

ほんの少し気を緩めれば、
自分たちは、互いを見つめる目だけで、すべてを晒してしまいそうになる。

それほどまでに、二人の間には、隠しきれない熱が育ってしまっていた。


秋が深まる頃には、藤野が坂井の家を訪れることは、もう特別なことではなくなっていた。

農作業の相談。
機械の整備。
収穫の段取り。

理由はいくらでもあったし、実際、そのどれも嘘ではない。

だが日が暮れ、周囲の家灯りがひとつずつ消えていく頃になると、二人の間には昼間とは違う静かな時間が流れ始める。

坂井の家の離れや、坂井が寝起きする和室、

そこで二人は、ようやく本当の顔に戻った。

戸を閉めた瞬間、自然と近づく距離。
疲れた身体を確かめ合うような抱擁。
日に焼けた肌に触れる掌。

藤野は、坂井の肩を抱くたび、その身体が以前より素直に自分を受け入れるようになっていることを感じていた。

そして坂井もまた、藤野に触れられることで、自分の内側に眠っていた熱が、年齢とは無関係に蘇ってくるのを隠せなかった。

二人だの夜、身体を重ね合う坂井と藤野。

行為のあと、汗の引いた身体で並びながら、二人は長く語り合う。

今年の稲の出来。
若い農家が減っていく現実。
家族のこと。
老いていく親のこと。

坂井は布団に横たわったまま、ぽつりぽつりと話す。
昼間は皆の前で決して弱みを見せない男が、藤野の前でだけは、時折疲れたように息を吐いた。

藤野はそんな坂井の声を聞きながら、黙ってその肩を抱き寄せる。

かつては、年下の男に身を委ねることへの戸惑いがあった坂井だったが、今は違う。

藤野の腕の中にいると、不思議なほど安らいだ。

身体を求め合う激しさと、
言葉を交わす穏やかさ。

そのどちらもが、二人にとって欠かせないものになっていた。



冬の気配が、少しずつ里を覆い始めていた。

山から吹き下ろす風は冷たく、
収穫を終えた田んぼは、どこか役目を終えたような静けさを湛えている。

そんな季節の変わり目、藤野は、妻から実家の話を聞かされるようになっていた。

義父母が営んできた小さな食品加工の商売。
地元では長く親しまれてきたが、二人とも高齢となり、店を続けるにも限界が近づいている。

「兄さんは継ぐ気ないみたいなの」
夕食の席で、妻は疲れた顔でそう言った。

最近は実家へ泊まり込むことも増えていた。
店番、帳簿、配達。
慣れない作業に追われ、家に戻ればぐったりしている。

「店を畳むのか、誰かが引き継ぐのか……お父さんたちも決めきれないみたいで」

藤野は黙って頷く。

だが胸の奥では、別の思いが重く沈んでいた。

もし妻が本格的に実家へ入れば、自分たちの生活も変わる。
農業を続けられるのか。
自分はどう動くべきなのか。

考えれば考えるほど、答えは見えなかった。


一方、坂井にもまた、別の孤独が迫っていた。

三人の娘たちは皆、町へ嫁いでいる。
盆や正月には帰ってくるが、この土地へ戻る気配はない。

それは分かっていた。

農家の苦労を知っているからこそ、娘たちは別の人生を選んだのだ。
父として、それを責める気持ちはない。

だが夜、ふと考えてしまう。

−−−この家は、この先どうなる。

−−−田んぼは、いつまで続けていけるのか。

父から受け継ぎ、自分が守ってきたもの。
それが、自分の代で静かに終わっていく現実が、時折どうしようもなく胸に刺さった。

そんな夜ほど、坂井は藤野を求めた。

部屋の障子を閉め、
灯りを落として、二人は無言のまま抱き合う。

まるで、互いの身体の熱だけが、現実から逃れさせてくれる場所であるかのように。

藤野の腕に包まれると、坂井の中の張り詰めたものが少しずつほどけていく。

「……修」

低く名を呼ぶ声には、欲だけではない疲れが滲む。

藤野は答える代わりに、坂井の額へ静かに口付けた。

その優しさが、かえって坂井の胸を締めつける。

だが次の瞬間には、坂井は藤野の胸へ顔を埋めるように抱きついていた。

温もりを確かめるように。
失わないように。

藤野もまた、そんな坂井を強く抱き締め返す。

妻の実家。
農業の将来。
この土地で生きる責任。

それらを思えば思うほど、藤野は坂井から離れられなくなっていた。

この男と過ごす時間だけが、自分を“本当の自分”に戻してくれる。

だから二人は、言葉を途切れさせるように口付けを交わした。

坂井は藤野の肩に爪を立てるほど強く縋り、
藤野もまた、その身体を抱き寄せながら思う。

−−−この人を、手放したくない。

どれだけ現実が迫ろうと。
どれだけ先が見えなくとも。

今だけは、互いの体温の中で、生きていたかった。



初冬の雨が、昼過ぎから静かに降り続いていた。

その日、藤野は坂井の作業場で、翌年の作付けの相談をしていた。
石油ストーブの上では薬缶が鳴り、二人の間には、もう長年連れ添った者同士のような空気が流れている。

そんな時だった。

戸口に立つ人影に、藤野の表情が固まる。
「……柏木さん」

濡れたコートを脱ぎながら、柏木は薄く笑った。
「久しぶりだな、修」

都会の匂いをまとった男だった。
年齢は藤野より上。
細身だが芯のある身体つきで、目元には人を見透かすような色気がある。

坂井は、その男を一目見た瞬間に理解した。

――この男だ。

藤野が長く関係を続けていた相手。
言葉にされなくとも、分かった。

一方の柏木もまた、坂井を見た瞬間、目を細める。

「……へえ」
それだけだった。
だが、その一言に、妙な熱が含まれていた。

藤野は落ち着かない様子で二人を引き合わせる。

「こっちは坂井さん。色々世話になってる方で……」

「柏木です…… 色々ねぇ…」

差し出された手。
坂井は握り返すが、その指先に、なぜか試されているような感覚を覚える。

雨は夜になっても止まなかった。
加えて倒木で通行止めがあったらしく、柏木は街に戻れない事態となった。

困った末、坂井が口を開いた。

「離れなら空いてる。……泊まっていけばいい。」

藤野が一瞬、息を呑む。
柏木はその反応を面白そうに見ていた。

「……申し訳ないが、遠慮なく」

その夜は、奇妙な空気だった。

囲炉裏端で酒を飲みながら、柏木は昔話をする。
若い頃の藤野。
都会で働いていた頃の顔。
坂井の知らない“修”を、柏木だけが知っている。

「修は昔から、真面目で、そして意外と熱いんですよ」

そう言って笑う柏木に、藤野は露骨に困った顔をする。

坂井は黙って酒を飲む。

だが胸の奥では、説明のつかない焦りが広がっていた。

柏木は人との距離の詰め方を知っている男だった。
坂井にも自然に近づき、肩に触れ、冗談めかして笑わせる。

「坂井さん、若い頃からモテたでしょう」

「……馬鹿言え」

「いや、分かりますよ。そういう色気がある。」

その言葉に、坂井の胸が妙にざわつく。

藤野は、その様子を見ていられなかった。

坂井が柏木に惹かれている訳ではない。
だが柏木には、人の欲や弱さを引き出す妖しさがある。

そして柏木もまた、試していた。
自分が長く繋ぎ止めてきた男が、今どれほど本気で坂井に傾いているのかを。


夜更け。

離れへ向かおうとした柏木が、ふと縁側で立ち止まる。
そこには、坂井がいた。

縁側に吹き込む夜風は冷たかった。
だが坂井の身体には、別の熱がじわじわと広がっていた。

柏木は、柱にもたれたまま坂井を見ている。
その視線には、相手の奥を暴こうとするような鋭さと、どこか戯れるような余裕が混じっていた。

「修が惚れるの、分かるな」

坂井は眉を寄せる。

「……酔ってるのか」

「少しはね」
そう言いながら、柏木は一歩近づいた。

距離が近い。
近すぎる。

坂井が身を引こうとした、その瞬間だった。

柏木の手が、不意に坂井の腰へ触れた。

「っ……!」

驚きに身体が強張る。

だが柏木は構わない。
作業着の上から、探るように下腹部へ指先を滑らせる。

「やっぱりな」

低く笑う声。

坂井は反射的にその手を掴む。

「何を……!」

怒気を含んだ声のはずだった。
だが、触れられた場所から走った熱が、思った以上に身体を乱していた。

柏木は坂井の反応を見逃さない。

「嫌か?そんな顔して、……慣れてるかと……」

「よしてくれ……」

言い返そうとした坂井の言葉が止まる。

柏木の指先が、布越しにじわりと圧をかけたからだ。

直接ではない。
それでも、男として最も敏感な場所を正確に捉えられた感覚に、坂井の腰がわずかに揺れる。

「……っ、ぁ……」

喉から漏れた声に、自分自身が一番驚いていた。

長年隠してきた欲。
藤野によって目覚めた身体。
そこへ柏木の慣れた手つきが重なり、坂井の理性を乱していく。

掴んだ手に力が入らない。

更に、柏木はもう一方の手を背後に回し尻の奥に触れてきた。
抵抗しようと力を入れたはずなのに、膝が思うように踏ん張れない。

柏木は坂井の耳元で囁く。

「修に、随分可愛がられてるみたいだ」

「……やめ、ろ……」

言葉とは裏腹に、身体は熱を逃がせずにいた。

その時だった。

「柏木さん」

低い声が、夜気を裂く。

振り返った先に立っていたのは藤野だった。

その目を見た瞬間、柏木は小さく息を吐く。

「怖い顔するなよ」

そう言って、坂井からゆっくり手を離した。

解放された途端、坂井は柱へ手をつき、乱れた呼吸を隠すように俯く。

藤野は無言で坂井のそばへ来ると、さりげなく肩へ手を添える。

その触れ方に、柏木は静かに笑った。

「……なるほどな」

勝ち負けではない。
だが、二人の間にあるものの深さを、柏木はそこで完全に理解した。

「修」

「……何です」

「ちゃんと捕まえとけよ。その人」
柏木はそう言い残し、先に離れの方へ歩いていく。

あとに残された坂井は、まだ熱を帯びた身体を持て余したまま、小さく息を吐いた。

藤野はそんな坂井を見つめ、低く囁く。

「……賢治さんを試すような事を……」

坂井は何も言う事ができなかった。

その沈黙に、藤野の目が静かに熱を帯びていく。
藤野は、坂井の肩を抱いたまま、無言で母屋の奥へ歩いた。

坂井も抵抗しなかった。
先ほど柏木に触れられた熱が、まだ身体の奥に残っている。
それ以上に、藤野の手から伝わる感情が、痛いほど分かいた。

――渡したくない。

その無言の激情が、指先の力に滲んでいた。

坂井の部屋へ入ると、藤野は静かに障子を閉める。
外の気配が遠のき、薄暗い空間に二人だけの呼吸が残った。

坂井が振り返る。

「修……」

その声を最後まで言わせず、藤野は強く抱き締めた。

胸板がぶつかり合い、
坂井の背が壁へ押しつけられる。

いつもの藤野とは違っていた。
理性で導く優しさより、独占欲に近い熱が勝っている。

「……他の男に触れられてるの、見たくなかった」

低い声が、坂井の耳元へ落ちる。

坂井は息を乱しながらも、藤野の肩へ手を回した。

「俺は……お前の前でしか、こんなにならん……」

その言葉が、藤野の最後の歯止めを外した。

口付けが重なる。
深く、息を奪うような接吻。

坂井は藤野の熱に呑まれながら、
次第に身体から力が抜けていくのを感じていた。

やがて藤野は、寝室の隅に置かれていた細い縄へ視線を向ける。

農家ならどこにでもある、荷を束ねるための縄。
だが今、その意味はまるで違って見えた。

坂井が、その視線に気づく。

藤野は縄を手にして、坂井の目を覗き込む。

藤野が坂井の手首を取った。

「嫌なら、やめます」
そう言いながらも、目は真っ直ぐ坂井を見ている。

坂井の胸が熱くなる。

自由を奪われることへの恐れより、
藤野にそこまで求められている事実が、身体を震わせた。

ゆっくりと差し出された両手。

藤野はその手首へ、慎重に縄を回していく。

きつくはない。
だが逃げられない程度には、確かに拘束されている。

その感覚に、坂井の呼吸が変わった。

「……こんな歳になって、何をしとるんだ俺は」
心の中で呟いた。

だが頬は熱を帯び、視線は潤んでいる。

藤野は、そんな坂井を見下ろしながら、低く囁く。

「賢治さんが、俺のせいで崩れるの、堪らないんです」

その言葉に、坂井は目を閉じた。

羞恥と興奮が混じり合い、
身体の奥がじわじわと熱を増していく。

藤野は、縛られた坂井の身体へゆっくり触れていく。
肩、胸、脇腹。

触れられるたび、坂井の身体は素直に反応し、
抑えきれない熱が滲み出る。

やがて藤野は、激しく求めるように抱きしめた。

縛られていることで、坂井は余計に藤野を感じてしまう。
触れられる場所すべてが敏感になり、
藤野の腕の強さも、口付けも、身体の重みも、いつも以上に深く刻まれていく。

「……修……っ」

切羽詰まった声。

藤野はその声に煽られるように、さらに坂井を強く抱き寄せる。

誰にも渡したくない。
その想いが、行為のひとつひとつに滲んでいた。

一方――。
廊下の暗がりでは、柏木が静かに立っていた。

襖越しに漏れる僅かな物音。
押し殺した息遣い。
時折聞こえる、坂井の掠れた声。

柏木は目を閉じ、小さく笑う。

悔しさがない訳ではない。
長い時間を共にした男を、完全に手放した寂しさもある。

だがそれ以上に、分かってしまった。

修は今、ようやく本当に欲しかったものを手に入れたのだと。

柏木は襖へ背を預け、天井を見上げる。

「……敵わないな」

その呟きは、夜の静けさに溶けて消えていった。



十二月に入る頃、空気は一気に冬の匂いを帯び始めた。

そんなある夕方、藤野は珍しく深いため息をつきながら、坂井の離れへやって来た。

障子を開けた瞬間、坂井はその顔を見て何かを察する。

「……何かあったか」

藤野はしばらく黙っていたが、やがて座卓の前へ腰を下ろした。

「息子が……東京の大学、受かったんです」

坂井の表情が少し和らぐ。

「そうか。それは良かったじゃないか」

「ええ。本人も頑張ってましたから」

だが、藤野の声は晴れなかった。

石油ストーブの火が、小さく鳴る。

「それで、妻が決めました」

藤野は視線を落としたまま続ける。

「実家の店、継ぐって」

坂井は黙って聞いていた。

「息子も東京なら、実家から通える。
 義父母も高齢ですし……今ならまだ店を残せるって」

藤野は苦く笑う。

「……正しい判断なんですよ」

だが、その“正しさ”が、藤野の胸を締めつけていた。

今借りている農地。
古い農家の借家。
数年ごとの契約更新。

その期限が、もうすぐ来る。

続けるのか。
離れるのか。

坂井は、しばらく何も言わなかった。

やがて、静かに立ち上がる。

そして藤野の前へ来ると、その肩へ手を置いた。

「修」
坂井の目は、ひどく優しかった。

「今日は、何も考えるな」

その一言だけで、藤野の胸の奥に張り詰めていたものが、少し崩れた。

坂井はそっと藤野の頬へ触れる。
口付けは、静かに始まった。

今夜の坂井は、どこか違っていた。

慰められるだけではなく、
自分から藤野を求めている。

藤野の肩を掴み、胸へ縋りつき、
熱を逃がすまいと身体を密着させる。

「……もっと、こっち来い」

行為は、次第に熱を帯びていった。

互いの身体を強く求め合い、
触れられるたびに、感情の行き場を失った熱が溢れていく。

やがて、坂井は納屋から持ってきていた細い縄へ手を伸ばした。

以前、一度だけ味わった“縛られる感覚”。

それは羞恥ではなく、
藤野に完全に委ねることで、心の重荷さえ解けていくような奇妙な安堵を坂井に与えていた。

「……やってくれるか」

掠れた声に、藤野は一瞬息を止める。

坂井は少し照れたように笑った。

藤野の胸が熱くなる。

縄が手首へ回される。
強くはない。
だが、逃げられない。

その状態で触れられるたび、坂井の身体は普段以上に敏感に反応した。

藤野もまた、そんな坂井を見ることで、抑えていた欲望を深く刺激されていく。

縛ることで支配したいのではない。
自分だけに委ねてくれることが、堪らなく愛しかった。

薄暗い離れの中で、縄に縛られた坂井は、浅く乱れた息を繰り返していた。

両手を軽く拘束されているだけ。
それなのに、逃げられないという感覚が、身体の奥を妙に熱くさせる。

藤野は、そんな坂井を背後から静かに抱き締めた。

厚い胸板が背へ密着する。
作業で鍛えられた腕が腹へ回り、その力強さに坂井の身体が小さく震える。

「……修……」
呼ぶ声は、すでに甘く掠れていた。

藤野は答えず、坂井の首筋へ唇を寄せる。
ゆっくりと熱を落とすような口付け。

そのまま片手が胸へ滑り、日に焼けた胸板を撫でていく。

坂井は元々、そこを触れられることに弱かった。
藤野も、それを知っている。

指先が硬く尖り始めた頂を捉えると、坂井の喉から堪えきれない息が漏れた。

「……っ、あ……」

藤野は焦らすように、ゆっくりと弄ぶ。
指で転がし、時折爪を立てるように刺激を与えるたび、坂井の腰がびくりと揺れる。

藤野のもう一方の手は、その腰の先で嘶く男根を包み込む。

縛られているせいで、逃げることも、手で隠すこともできない。

その無防備さが、羞恥と快感をさらに膨らませていく。

その時、背後からさらに強く身体が押しつけられ、坂井は思わず息を呑んだ。

衣服越しでも分かるほど熱を帯びた存在感。
下腹部へ押し当てられる硬さ。
その輪郭が、尻の割れ目に沿うように密着している。

藤野の欲情が、隠しようもなく伝わってきた。

「……修、お前の……」
坂井の声が掠れる。

藤野はさらに腰を寄せた。

その圧迫感に、坂井の膝から力が抜けそうになる。

硬さだけではない。
脈打つ熱。
抑えきれず猛っていることが分かる存在感。

それを背後から感じるたび、坂井の身体の奥まで熱く痺れていく。

坂井は耐えきれず、首を後ろへ巡らせた。
藤野の唇がすぐ近くにある。

次の瞬間、二人は深く口付けを交わしていた。

舌が絡み合う。
激しく、貪るような接吻。

坂井は縛られたまま身体を捩り、藤野へさらに寄りかかる。

乳首を弄る指。
背後から押しつけられる熱。
そして舌を奪われる感覚。

快感が重なり合い、坂井は次第に思考を失っていく。

「……ん、ぁ……修……っ」
切羽詰まった声に、藤野の呼吸も荒くなる。

藤野は、坂井の乱れる様子を見つめながら思う。

今、自分の腕の中で熱を上げ、快感に震えているのは、
誰にも見せない、俺だけの坂井だ。

その事実が、藤野の欲望をさらに燃え上がらせ、二人は冬の夜に溶けて行った。

  ー つづく ー
26/05/30 06:46更新 / 卯之助

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