妻の祖父
昭和二十二年の春、清蔵は故郷の山村へと戻った。
大連からの貨物船で佐世保に降り立ち、鉄路をいくつも乗り継いで、さらに数時間、峠を越えてようやく辿り着いたその土地は、空の色も風の匂いも変わっていた。けれど、それは清蔵が変わったせいかもしれなかった。
二年間の戦地生活と、さらに二年近くにも及ぶロシアによる捕虜生活。
その中で彼は、多くを見失い、多くを身体に刻みつけた。
とくに後半、ロシアの将校の家に配属されてからの日々――
雪に閉ざされた木造の家で、暖炉の焔のそばで身を寄せて眠った夜のことを、清蔵は今も忘れられなかった。
その家の主である少佐は、髭をたくわえた四十がらみの男で、母国の言葉を話さぬ清蔵に、最初は命令の形で、やがて優しさと奇妙な好意を交えて接してくるようになった。
体格の小さな日本兵である清蔵は、肩幅と胸板こそあったが、飢えと疲労で常に頬がこけていた。
それでも、将校は彼の体に手を伸ばした。最初は一方的だったが、次第に清蔵の中にも、かつて抱いたことのない感情が芽生えていった。
それは欲望とは違う。
厳しい寒さの中で、ただ人肌のあたたかさにすがるような、根源的な安らぎ――
あるいはそれは、戦場で剥ぎ取られた「人間らしさ」を、取り戻すための手段だったのかもしれない。
帰国すると、父は老いていた。
だが目はなお鋭く、清蔵に告げたのは、兄・政市の戦死という現実だった。
「お前が帰ってきたのは良かった。だが……兄貴は、もういない。三年前のマリアナ沖だ」
清蔵は深く頭を下げた。けれど涙は出なかった。
あまりにも多くの死を見てきた後では、涙の出し方さえ忘れていた。
「兄貴には、子がおったろう……」
「おる。男の子じゃ。もう六つになった」
父はふところから巻紙を取り出し、口元を引き結んだまま言った。
「政市の嫁と、お前に夫婦になってもらう。今さら他人様に渡すわけにもいかん」
清蔵は、ただ頷いた。
兄嫁――雪江とは、互いに言葉少なに婚姻届を出した。
夫婦と名乗っても、ふたりの間に肉体的な関係はなかった。
雪江もまたそれを望んでいないようだった。母として子を育て、家の仕事を手伝い、感謝の気持ちをこめて清蔵にはよく尽くしてくれた。
それで、十分だった。
清蔵は村の農地と山林を受け継ぎ、農作業と林業に明け暮れた。
大地を耕し、木を伐り出し、汗を流す日々は、感情の起伏を沈めてくれる。
夜になれば酒を一杯だけ飲み、囲炉裏のそばで静かに眠る。
そんな暮らしが十数年続いた。
四十を過ぎた頃に、孫娘が生まれた。
雪江の子、つまり義理の息子夫婦に里美が生まれたとき、清蔵は自分のことのように嬉しかった。
「この子が、もうひとつの答えかもしれんのう……」
その孫娘は、月日とともによく笑う明るい少女に育った。
そして清蔵が六十二になった年。
盆の少し前、里美が連れて帰った男を見た瞬間、少しの間時が止まった。
すらりとした体躯に、柔らかな眼差し。
背中をわずかに丸めながらも、所作は落ち着いており、どこか物静かで穏やかな声。
「はじめまして。陽介と申します」
清蔵の胸の奥に、長く仕舞い込んでいた記憶の扉が、静かに、確かに、開いた。
――達夫。
戦地で、死の狭間を共にしたあの男。
共に震え、共に涙し、そして、互いの身体を重ねたあの夜を、清蔵は一瞬で思い出していた。
似ていた。
顔立ちというよりも、匂いと気配が――いや、息の熱が、似ていたのだ。
その瞬間から、清蔵の心は、静かに揺れ始めた。
陽介という名の若者は、黒目がちで人懐こい眼差し。口元には常に微笑がある。逞しさではない、しかし温かな力のようなものがその身の内に宿っていた。
「この人と、結婚したいの」
里美がそう言ったとき、清蔵は何も言わなかった。ただその男の佇まいに、戦地で死に別れた戦友――達夫の面影を見てしまったからだった。
――あれは二百三高地の麓、凍てつく営舎のなか、斥候任務の夜、互いに命を預け合い、疲れた身体を寄せて眠った。そしてある夜、抑えきれぬままに交わった。
達夫の肌は焼け、汗と泥の匂いがした。だがその奥に、人としての温もりが確かにあった。
清蔵は敗戦後、ロシアの捕虜となり、ある将校の屋敷に下男として使われた。
小柄ながら、肩と胸板の逞しさを見込まれ、夜にはその将校に抱かれる日々だった。抵抗も拒絶もとうに過ぎ去っていた。ただ生きるため、そして――あの夜、達夫と交わした心の隙間を埋めるためだった。
帰国後、父に命じられるままに兄嫁と所帯を持った。兄の子――つまりは甥にあたる少年を息子として育て、田畑を守り、山に入っては木を伐り、黙々と生きてきた。
夜に妻の肌を求めたことはない。兄嫁であった妻もそれを理解していた。口にはせずとも、互いに踏み込むことなく、生きてきた四十年だった。
それが――いま、陽介を見て、胸の奥に静かに燃え落ちた灯があった。
背丈も、話すときの抑えた声の調子も、達夫に似ている。だが達夫にはない、家庭という安らぎをすでに知っている男の眼差しだった。
半年程の後、孫の里美と陽介は結婚し、それを機に都会生活から、隣町へ引っ越したさ新しい生活を始め間も無く清蔵にとっては曽孫も生まれた。
里美夫婦はことある毎に実家を訪ねては田舎の暮らしを楽しみながら田畑の手伝いもしてくれていた。
数年の内に、どちらかと言うと家業には消極的な里美の父親よりも清蔵の手助けとなっていた。
その日も畑の仕事を手伝った陽介は汗と埃で汚れた野良着を脱いで、風呂を使おうとして、ふと見ると脱衣所の籠に、先に風呂を使った清蔵の越中褌が無造作に置かれていた。
汗を吸った褌にそっと手を触れる、そこにはしっとりとしていながら清蔵の体温が残っているような、男の匂いまでするようで陽介の胸の鼓動は早くなった。
普段から清蔵の褌姿は見慣れていたが、こんなに近くで、ましてや触れることもなかった陽介は、自分の下腹部の変化にも戸惑いを感じたのである。
そこへ、
「汚れた褌など置いてしまったな」と清蔵が戻って来たので、陽介は慌てて清蔵に背を向け
「僕もお風呂いただきます。」と風呂場へと移動した。
清蔵は風呂場へと消えた陽介が、手を伸ばしていた褌を手に、今しがた一瞬見えた陽介の股間から突き出した若い陰茎に胸が騒めいた。
年寄りの褌に興味を持ったのだろうかと……
その晩は、明日も休みという事で、陽介は泊まることになった。
昔ながらの家の造り、今は炭を焚いてはいないが、囲炉裏を囲んで酒を酌み交わす。清蔵は珍しく、自分から話しかけた。
「……都会での暮らしには心残りはないか」
「ええ、賑やかで楽しかったです。でも、こうして囲炉裏にあたりながら、静かな風の音が聞こえる方が好きです」
清蔵は陽介の視線を横顔に受けながら、湯呑を握る手の汗に気づいた。
彼は知らない。自分が、いまこの瞬間、どれほど心を乱されているかを。
「陽介くん。……すまんな、妙なことを聞くようだが……誰かに似てると、言われたことはないか」
「え? うーん……たまに、大学の頃の友達に『昔の俳優に似てる』とかは。……でも、清蔵さんの知っている誰かに似てますか、どんな方かは分かりませんが光栄です」
清蔵はそれ以上、言葉を重ねなかった。ただ、胸にぽつんと残る火が、また一つ小さな熱を宿したのを感じていた。
これは罪なのか。だが、感情というものは、何年封じてきたところで、ふとした拍子に息を吹き返す。
翌朝、清蔵は山に入ると言い、陽介を誘った。
林道を歩く二人。杉の木立が春の風に揺れ、鳥の声が遠くから響いた。
陽介が、ふと尋ねた。
「清蔵さん、……昔の話、もっと聞かせてくれませんか。戦地のこととか」
そのとき清蔵は、足を止めて言った。
「……陽介君、お前を見ていると、昔死んだ戦友を思い出す。……男だが、深く惚れたことがある。そういうことを、言ってしまってすまん」
陽介は立ち尽くしていた。そして、ほんの少し、目を伏せた。
「……なんとなく僕も……清蔵さんに何か惹かれるものを感じてたんです」
杉の梢の隙間から、春の陽が二人を照らしていた。
その光のなかで、清蔵はひとつだけ、自分の内に許しを請うた。
もう一度、誰かを愛していいのかと――。
山道を外れた沢沿いの岩陰で、ふたりは腰を下ろした。
風の音と、どこかで揺れる木の葉のざわめき。小さな鳥が一声鳴いて、静かになった。
清蔵は陽介の横顔を見た。
落ち着いた輪郭。少し汗ばんだ額にかかる髪。
風にふくらむ作業着の布越しに、体温がこちらに伝わってくる気がした。
「……俺は、もう女を抱いたことがないんだ。兄嫁と所帯を持ってからも、一度も。……誰にも言ったことはなかった」
そう言ってしまえば、もう後には戻れなかった。
陽介が静かに振り向く。
「……戦地で、惚れた人がいたって言ってましたよね」
清蔵は小さくうなずいた。
そのうなずきの間に、心の奥から何かが剥がれ落ちていくような感覚があった。
「生きて、戻ってきても、あの人はおらん。……けど、あんたを見てると、あの人の声や、手や、目が浮かんでしまう。すまんな……年寄りの戯言と思ってくれていい」
陽介は、それに応えるように、ゆっくりと手を伸ばした。
厚い指が、清蔵の手の甲に触れる。
「僕……たぶん、僕は、ずっと男の人が好きでした。でも、それを口に出すことも、誰かに認めてもらうこともなかった。里美には申し訳ないと思ってます。けど、今、こうして清蔵さんといると……なんだか初めて、誰かの前で、自分でいられる気がします」
風が、ふたりの間をそっと撫でていった。
清蔵は陽介の手に、自分の手を重ねた。
その手が震えていることに気づいた。自分もまた、同じように震えている。
「俺は……年を取りすぎたよ」
「でも、あたたかいです。……それだけで、今は十分です」
陽介が囁くように言った。
清蔵は、相手の肩にそっと手を置き、そっと引き寄せた。
汗のにおいと若い肌の匂いが混ざる。だが、それは嫌悪ではなく、懐かしさに似た熱を帯びた感覚だった。
互いの胸が触れる。
陽介の心音が、清蔵の胸にまで響くように感じられた。
ふたりとも、ゆっくりと、相手の身体のぬくもりを確かめるように、衣の上から手を滑らせる。
陽介の手が、清蔵の胸板を包むように撫でる。
ごつごつした骨と筋肉の下に、どこか柔らかさがあった。
「……こんな身体で、いいのか」
「……はい。僕の好きな匂いがする。僕、安心します」
静かな吐息が重なると、清蔵の褌の下に、忘れていた変化がゆっくりと芽吹いていく。
押さえつけてきたものが、ぬくもりに反応するように、徐々に硬さを増していった。
陽介の膝が触れ、その熱に気づいたように、視線を落とす。
だが言葉にはせず、ただゆっくりと清蔵の太腿に手を添え、もう一歩だけ身を預けてくる。
「……触れても、いいですか」
その一言に、清蔵はわずかに頷いた。
躊躇いと赦しが、その間にあった。
陽介の手が布の上から優しく撫で、呼吸を合わせるように、ふたりの間に深く静かな熱が広がっていった。
陽介の指が、清蔵の腿の内側をゆっくりと撫でていた。
褌の上から確かに感じる、隆起した熱。
それは歳月の流れに埋もれていたはずの欲望であり、それ以上に、孤独のなかで芽生えた緩やかな渇きだった。
清蔵は、目を伏せたまま声を漏らす。
「……こんな、老いぼれの……」
「違います」
陽介の声は低く、震えていた。
「僕には、清蔵さんが……男として見える。……ずっと、こういう誰かに出会いたかった」
その言葉に、清蔵の胸が詰まる。
若いときは、ただ命を繋ぐために抱かれた。
ロシアの将校に向けた身体は、温かさではなく、生存の対価だった。
だが今、眼前の男は、自分の欲望を恥じることなく、真っ直ぐに差し出している。
――男として、触れたい。触れられたい。
その単純な願いが、清蔵の奥底で激しく疼いた。
彼はそっと腰紐をほどいた。
汗と皮脂の混ざった布が肌から離れ、空気に触れる。
陽介の目がそれを見つめる。だが怯えることも、引くこともなかった。
「……触れてやってくれ」
掠れた声でそう言うと、陽介はそっと膝をつき、厚みのある陰茎に唇を寄せた。
その触れ方は慎重で、だが迷いのないものだった。
先端に口づけを落とし、唇でそっと包み込むように含む。
清蔵は低く、喉の奥で呻いた。
「……ああ……陽介……」
荒れた掌が、陽介の後頭部に置かれる。
髪の感触が指の間に滑り、陽介を少し引き寄せると、若い舌先が繰り出す刺激が陰茎の先の熟れた果実か、脳天に伝わってくる。
褌の跡が残る腰のあたりが微かに震え、全身が昔のように、男の愛撫に応えるのがわかる。
陽介は唇で優しく扱いながらも、時折、清蔵の睾丸を指で包むように撫でた。
その指先に込められた丁寧な愛情が、歳月に埋もれていた感覚を呼び戻していく。
体勢をずらした清蔵の手も陽介の腿の上を滑らせ、股間に指を伸ばして、若いイキリ勃った陰茎をなぞっていた。
それは腹に沿うように反り返り、清蔵の指でやっと周る程の太さで、その先から溢れた雫でヌメって熱かった。
数分が、何十年にも感じられた。
清蔵は耐えるように、だが確かに悦びの波に身を委ねた。
いつしか、睾丸を包んでいた陽介の指がゆっくりと下りて行き、清蔵の谷間の秘孔に触れる。
陽介は顔を上げ、清蔵の目を見た。
「……僕を受け入れてもらえますか。僕は、清蔵さんを抱きたい」
その一言に、清蔵の奥で何かが崩れ落ちた。
拒む理由も、恐れる理由も、すでに失っていた。
二人は横たわった。苔むす岩肌に脱いだ作業着を敷き、春の陽差しが梢を抜けて降り注いだ。
清蔵は陽介の腰に手を回し、肌を撫で、陽介の唇と指で清蔵の奥を解し、慎重に身を重ねる。
相手の熱と汗が混じり、ゆっくりと繋がっていく。
「……痛くないですか」
「……大丈夫。陽介が……優しいから」
その瞬間、清蔵は確かに「生きている」と思った。
達夫に感じたものとは違う、いま、ここにある熱。それは、自分の老いも過去もすべてを受け入れてくれる、深い情だった。
静かに、だが確かに、ふたりの身体はひとつになった。
野の花の香りと風の匂いが混ざり、遠くで鳥が鳴いた。
時が止まったように、ただ互いを確かめ合うように、何度も、何度も重なった。
重なりながら、唇を重ね、僅かに開いた隙間から舌を求め合い、時に陽介は清蔵の胸の頂に指を這わせ、その熱と鼓動を確かめた。
清蔵が陽介の腰に回した腕は陽介をしっかりと引き寄せていた。
そして――
陽介は遂に低い唸り声と共に達した。
清蔵の唇から漏れる切ない声と共鳴するようで、それは叫びでも呻きでもなく、何かから解き放たれた男の、深い息だった。
清蔵は己の中に注がれた熱い精を愛しいと感じていた。
陽介の腕に包まれ胸に顔を埋めたまま、老いた体を預ける。
彼の手が、背をそっと撫でていた。
「……清蔵さん。ありがとうございます」
「……俺の方だ。ありがとうよ……生きてて、よかった」
風がまた吹いた。
春が、ふたりのあいだに、確かに根を下ろしたようだった。
山を下りて家へ戻ると、縁側の陽がすでに傾きはじめていた。
洗い上げた布団が軒下に干され、草いきれの香りが辺りに満ちていた。
清蔵は足を洗いながら、ふと陽介の横顔を盗み見た。
陽介は、いつもと変わらぬ顔で、子どもと遊ぶ里美の声に耳を傾けていた。
ただ、ほんの少し、目尻の緩みが深くなっているように見えた。
「じいちゃん、待ってたよ!」
庭から走ってきた曾孫――いや、里美と陽介の娘――が、勢いよく抱きつく。
清蔵はその小さな体をしっかりと受け止め、笑った。
「悪かったな、それでも、お父さんが手伝ってくれたから、じいちゃん助かったんだよ」
その言葉に、里美も縁側から笑みを向けた。
「今日もおじいちゃんと陽介さん、仲良しだねえ」
その一言に、陽介がわずかに照れたように笑い、何も言わずに山仕事の道具を片付けはじめた。
清蔵はその背中を目で追いながら、静かに胸の内に言葉を刻む。
――この暮らしを壊すことは、絶対にできない。
あの山で交わした温もりは、たしかに生きる力になった。
だがそれは、自分たちだけの静かな記憶として、この家の穏やかな空気の中に、そっと埋めておくべきものだった。
夕食時の笑い声と、箸の音。
その中で、ふと陽介が清蔵の湯呑みに茶を継ぎ足した。
何気ない仕草――けれど指がわずかに触れた瞬間、互いに目を伏せた。
清蔵は黙って、湯呑みを口に運んだ。
微かに香ばしい茶の香りとともに、陽介の気配が胸の奥まで沁みてくる。
夜、縁側に並んで腰掛けると、風が暖簾をやさしく揺らした。
「……幸せにしてやれよ、里美を」
そう呟くように言うと、陽介は隣で静かに頷いた。
「……はい。清蔵さんに出会って、あらためて思いました。……大切にします」
その言葉に、清蔵は目を閉じた。
己の命をここで燃やし尽くすこと。それが、あの娘のためであり、己の贖罪でもある。
それでも、風に混じって届く陽介の体の匂い、昼間の熱を思い出すような心の疼きが、かすかに残っていた。
それは、決して口に出すことのない、深く秘めた想い。
だが確かに、互いの中で消えることのない火種として、そこにあった。
翌朝、清蔵は陽介と鍬を持ち畑を起こしていた。
土の匂いと、朝露の冷たさ。
手を伸ばすたび、指先が重なることもある。
けれど誰にも気づかれないまま、その一瞬のぬくもりが、今日を生きる力となる。
陽介は、決して言葉にはしない。
だがその目の奥にある誠実さと、清蔵を「男」として見ている静かな情熱を、清蔵は確かに感じていた。
――俺たちは、これでいい。
互いがそこにいてくれるならばーー
命をまっとうするまで、この暮らしを守りながら、生きるのだ。
大連からの貨物船で佐世保に降り立ち、鉄路をいくつも乗り継いで、さらに数時間、峠を越えてようやく辿り着いたその土地は、空の色も風の匂いも変わっていた。けれど、それは清蔵が変わったせいかもしれなかった。
二年間の戦地生活と、さらに二年近くにも及ぶロシアによる捕虜生活。
その中で彼は、多くを見失い、多くを身体に刻みつけた。
とくに後半、ロシアの将校の家に配属されてからの日々――
雪に閉ざされた木造の家で、暖炉の焔のそばで身を寄せて眠った夜のことを、清蔵は今も忘れられなかった。
その家の主である少佐は、髭をたくわえた四十がらみの男で、母国の言葉を話さぬ清蔵に、最初は命令の形で、やがて優しさと奇妙な好意を交えて接してくるようになった。
体格の小さな日本兵である清蔵は、肩幅と胸板こそあったが、飢えと疲労で常に頬がこけていた。
それでも、将校は彼の体に手を伸ばした。最初は一方的だったが、次第に清蔵の中にも、かつて抱いたことのない感情が芽生えていった。
それは欲望とは違う。
厳しい寒さの中で、ただ人肌のあたたかさにすがるような、根源的な安らぎ――
あるいはそれは、戦場で剥ぎ取られた「人間らしさ」を、取り戻すための手段だったのかもしれない。
帰国すると、父は老いていた。
だが目はなお鋭く、清蔵に告げたのは、兄・政市の戦死という現実だった。
「お前が帰ってきたのは良かった。だが……兄貴は、もういない。三年前のマリアナ沖だ」
清蔵は深く頭を下げた。けれど涙は出なかった。
あまりにも多くの死を見てきた後では、涙の出し方さえ忘れていた。
「兄貴には、子がおったろう……」
「おる。男の子じゃ。もう六つになった」
父はふところから巻紙を取り出し、口元を引き結んだまま言った。
「政市の嫁と、お前に夫婦になってもらう。今さら他人様に渡すわけにもいかん」
清蔵は、ただ頷いた。
兄嫁――雪江とは、互いに言葉少なに婚姻届を出した。
夫婦と名乗っても、ふたりの間に肉体的な関係はなかった。
雪江もまたそれを望んでいないようだった。母として子を育て、家の仕事を手伝い、感謝の気持ちをこめて清蔵にはよく尽くしてくれた。
それで、十分だった。
清蔵は村の農地と山林を受け継ぎ、農作業と林業に明け暮れた。
大地を耕し、木を伐り出し、汗を流す日々は、感情の起伏を沈めてくれる。
夜になれば酒を一杯だけ飲み、囲炉裏のそばで静かに眠る。
そんな暮らしが十数年続いた。
四十を過ぎた頃に、孫娘が生まれた。
雪江の子、つまり義理の息子夫婦に里美が生まれたとき、清蔵は自分のことのように嬉しかった。
「この子が、もうひとつの答えかもしれんのう……」
その孫娘は、月日とともによく笑う明るい少女に育った。
そして清蔵が六十二になった年。
盆の少し前、里美が連れて帰った男を見た瞬間、少しの間時が止まった。
すらりとした体躯に、柔らかな眼差し。
背中をわずかに丸めながらも、所作は落ち着いており、どこか物静かで穏やかな声。
「はじめまして。陽介と申します」
清蔵の胸の奥に、長く仕舞い込んでいた記憶の扉が、静かに、確かに、開いた。
――達夫。
戦地で、死の狭間を共にしたあの男。
共に震え、共に涙し、そして、互いの身体を重ねたあの夜を、清蔵は一瞬で思い出していた。
似ていた。
顔立ちというよりも、匂いと気配が――いや、息の熱が、似ていたのだ。
その瞬間から、清蔵の心は、静かに揺れ始めた。
陽介という名の若者は、黒目がちで人懐こい眼差し。口元には常に微笑がある。逞しさではない、しかし温かな力のようなものがその身の内に宿っていた。
「この人と、結婚したいの」
里美がそう言ったとき、清蔵は何も言わなかった。ただその男の佇まいに、戦地で死に別れた戦友――達夫の面影を見てしまったからだった。
――あれは二百三高地の麓、凍てつく営舎のなか、斥候任務の夜、互いに命を預け合い、疲れた身体を寄せて眠った。そしてある夜、抑えきれぬままに交わった。
達夫の肌は焼け、汗と泥の匂いがした。だがその奥に、人としての温もりが確かにあった。
清蔵は敗戦後、ロシアの捕虜となり、ある将校の屋敷に下男として使われた。
小柄ながら、肩と胸板の逞しさを見込まれ、夜にはその将校に抱かれる日々だった。抵抗も拒絶もとうに過ぎ去っていた。ただ生きるため、そして――あの夜、達夫と交わした心の隙間を埋めるためだった。
帰国後、父に命じられるままに兄嫁と所帯を持った。兄の子――つまりは甥にあたる少年を息子として育て、田畑を守り、山に入っては木を伐り、黙々と生きてきた。
夜に妻の肌を求めたことはない。兄嫁であった妻もそれを理解していた。口にはせずとも、互いに踏み込むことなく、生きてきた四十年だった。
それが――いま、陽介を見て、胸の奥に静かに燃え落ちた灯があった。
背丈も、話すときの抑えた声の調子も、達夫に似ている。だが達夫にはない、家庭という安らぎをすでに知っている男の眼差しだった。
半年程の後、孫の里美と陽介は結婚し、それを機に都会生活から、隣町へ引っ越したさ新しい生活を始め間も無く清蔵にとっては曽孫も生まれた。
里美夫婦はことある毎に実家を訪ねては田舎の暮らしを楽しみながら田畑の手伝いもしてくれていた。
数年の内に、どちらかと言うと家業には消極的な里美の父親よりも清蔵の手助けとなっていた。
その日も畑の仕事を手伝った陽介は汗と埃で汚れた野良着を脱いで、風呂を使おうとして、ふと見ると脱衣所の籠に、先に風呂を使った清蔵の越中褌が無造作に置かれていた。
汗を吸った褌にそっと手を触れる、そこにはしっとりとしていながら清蔵の体温が残っているような、男の匂いまでするようで陽介の胸の鼓動は早くなった。
普段から清蔵の褌姿は見慣れていたが、こんなに近くで、ましてや触れることもなかった陽介は、自分の下腹部の変化にも戸惑いを感じたのである。
そこへ、
「汚れた褌など置いてしまったな」と清蔵が戻って来たので、陽介は慌てて清蔵に背を向け
「僕もお風呂いただきます。」と風呂場へと移動した。
清蔵は風呂場へと消えた陽介が、手を伸ばしていた褌を手に、今しがた一瞬見えた陽介の股間から突き出した若い陰茎に胸が騒めいた。
年寄りの褌に興味を持ったのだろうかと……
その晩は、明日も休みという事で、陽介は泊まることになった。
昔ながらの家の造り、今は炭を焚いてはいないが、囲炉裏を囲んで酒を酌み交わす。清蔵は珍しく、自分から話しかけた。
「……都会での暮らしには心残りはないか」
「ええ、賑やかで楽しかったです。でも、こうして囲炉裏にあたりながら、静かな風の音が聞こえる方が好きです」
清蔵は陽介の視線を横顔に受けながら、湯呑を握る手の汗に気づいた。
彼は知らない。自分が、いまこの瞬間、どれほど心を乱されているかを。
「陽介くん。……すまんな、妙なことを聞くようだが……誰かに似てると、言われたことはないか」
「え? うーん……たまに、大学の頃の友達に『昔の俳優に似てる』とかは。……でも、清蔵さんの知っている誰かに似てますか、どんな方かは分かりませんが光栄です」
清蔵はそれ以上、言葉を重ねなかった。ただ、胸にぽつんと残る火が、また一つ小さな熱を宿したのを感じていた。
これは罪なのか。だが、感情というものは、何年封じてきたところで、ふとした拍子に息を吹き返す。
翌朝、清蔵は山に入ると言い、陽介を誘った。
林道を歩く二人。杉の木立が春の風に揺れ、鳥の声が遠くから響いた。
陽介が、ふと尋ねた。
「清蔵さん、……昔の話、もっと聞かせてくれませんか。戦地のこととか」
そのとき清蔵は、足を止めて言った。
「……陽介君、お前を見ていると、昔死んだ戦友を思い出す。……男だが、深く惚れたことがある。そういうことを、言ってしまってすまん」
陽介は立ち尽くしていた。そして、ほんの少し、目を伏せた。
「……なんとなく僕も……清蔵さんに何か惹かれるものを感じてたんです」
杉の梢の隙間から、春の陽が二人を照らしていた。
その光のなかで、清蔵はひとつだけ、自分の内に許しを請うた。
もう一度、誰かを愛していいのかと――。
山道を外れた沢沿いの岩陰で、ふたりは腰を下ろした。
風の音と、どこかで揺れる木の葉のざわめき。小さな鳥が一声鳴いて、静かになった。
清蔵は陽介の横顔を見た。
落ち着いた輪郭。少し汗ばんだ額にかかる髪。
風にふくらむ作業着の布越しに、体温がこちらに伝わってくる気がした。
「……俺は、もう女を抱いたことがないんだ。兄嫁と所帯を持ってからも、一度も。……誰にも言ったことはなかった」
そう言ってしまえば、もう後には戻れなかった。
陽介が静かに振り向く。
「……戦地で、惚れた人がいたって言ってましたよね」
清蔵は小さくうなずいた。
そのうなずきの間に、心の奥から何かが剥がれ落ちていくような感覚があった。
「生きて、戻ってきても、あの人はおらん。……けど、あんたを見てると、あの人の声や、手や、目が浮かんでしまう。すまんな……年寄りの戯言と思ってくれていい」
陽介は、それに応えるように、ゆっくりと手を伸ばした。
厚い指が、清蔵の手の甲に触れる。
「僕……たぶん、僕は、ずっと男の人が好きでした。でも、それを口に出すことも、誰かに認めてもらうこともなかった。里美には申し訳ないと思ってます。けど、今、こうして清蔵さんといると……なんだか初めて、誰かの前で、自分でいられる気がします」
風が、ふたりの間をそっと撫でていった。
清蔵は陽介の手に、自分の手を重ねた。
その手が震えていることに気づいた。自分もまた、同じように震えている。
「俺は……年を取りすぎたよ」
「でも、あたたかいです。……それだけで、今は十分です」
陽介が囁くように言った。
清蔵は、相手の肩にそっと手を置き、そっと引き寄せた。
汗のにおいと若い肌の匂いが混ざる。だが、それは嫌悪ではなく、懐かしさに似た熱を帯びた感覚だった。
互いの胸が触れる。
陽介の心音が、清蔵の胸にまで響くように感じられた。
ふたりとも、ゆっくりと、相手の身体のぬくもりを確かめるように、衣の上から手を滑らせる。
陽介の手が、清蔵の胸板を包むように撫でる。
ごつごつした骨と筋肉の下に、どこか柔らかさがあった。
「……こんな身体で、いいのか」
「……はい。僕の好きな匂いがする。僕、安心します」
静かな吐息が重なると、清蔵の褌の下に、忘れていた変化がゆっくりと芽吹いていく。
押さえつけてきたものが、ぬくもりに反応するように、徐々に硬さを増していった。
陽介の膝が触れ、その熱に気づいたように、視線を落とす。
だが言葉にはせず、ただゆっくりと清蔵の太腿に手を添え、もう一歩だけ身を預けてくる。
「……触れても、いいですか」
その一言に、清蔵はわずかに頷いた。
躊躇いと赦しが、その間にあった。
陽介の手が布の上から優しく撫で、呼吸を合わせるように、ふたりの間に深く静かな熱が広がっていった。
陽介の指が、清蔵の腿の内側をゆっくりと撫でていた。
褌の上から確かに感じる、隆起した熱。
それは歳月の流れに埋もれていたはずの欲望であり、それ以上に、孤独のなかで芽生えた緩やかな渇きだった。
清蔵は、目を伏せたまま声を漏らす。
「……こんな、老いぼれの……」
「違います」
陽介の声は低く、震えていた。
「僕には、清蔵さんが……男として見える。……ずっと、こういう誰かに出会いたかった」
その言葉に、清蔵の胸が詰まる。
若いときは、ただ命を繋ぐために抱かれた。
ロシアの将校に向けた身体は、温かさではなく、生存の対価だった。
だが今、眼前の男は、自分の欲望を恥じることなく、真っ直ぐに差し出している。
――男として、触れたい。触れられたい。
その単純な願いが、清蔵の奥底で激しく疼いた。
彼はそっと腰紐をほどいた。
汗と皮脂の混ざった布が肌から離れ、空気に触れる。
陽介の目がそれを見つめる。だが怯えることも、引くこともなかった。
「……触れてやってくれ」
掠れた声でそう言うと、陽介はそっと膝をつき、厚みのある陰茎に唇を寄せた。
その触れ方は慎重で、だが迷いのないものだった。
先端に口づけを落とし、唇でそっと包み込むように含む。
清蔵は低く、喉の奥で呻いた。
「……ああ……陽介……」
荒れた掌が、陽介の後頭部に置かれる。
髪の感触が指の間に滑り、陽介を少し引き寄せると、若い舌先が繰り出す刺激が陰茎の先の熟れた果実か、脳天に伝わってくる。
褌の跡が残る腰のあたりが微かに震え、全身が昔のように、男の愛撫に応えるのがわかる。
陽介は唇で優しく扱いながらも、時折、清蔵の睾丸を指で包むように撫でた。
その指先に込められた丁寧な愛情が、歳月に埋もれていた感覚を呼び戻していく。
体勢をずらした清蔵の手も陽介の腿の上を滑らせ、股間に指を伸ばして、若いイキリ勃った陰茎をなぞっていた。
それは腹に沿うように反り返り、清蔵の指でやっと周る程の太さで、その先から溢れた雫でヌメって熱かった。
数分が、何十年にも感じられた。
清蔵は耐えるように、だが確かに悦びの波に身を委ねた。
いつしか、睾丸を包んでいた陽介の指がゆっくりと下りて行き、清蔵の谷間の秘孔に触れる。
陽介は顔を上げ、清蔵の目を見た。
「……僕を受け入れてもらえますか。僕は、清蔵さんを抱きたい」
その一言に、清蔵の奥で何かが崩れ落ちた。
拒む理由も、恐れる理由も、すでに失っていた。
二人は横たわった。苔むす岩肌に脱いだ作業着を敷き、春の陽差しが梢を抜けて降り注いだ。
清蔵は陽介の腰に手を回し、肌を撫で、陽介の唇と指で清蔵の奥を解し、慎重に身を重ねる。
相手の熱と汗が混じり、ゆっくりと繋がっていく。
「……痛くないですか」
「……大丈夫。陽介が……優しいから」
その瞬間、清蔵は確かに「生きている」と思った。
達夫に感じたものとは違う、いま、ここにある熱。それは、自分の老いも過去もすべてを受け入れてくれる、深い情だった。
静かに、だが確かに、ふたりの身体はひとつになった。
野の花の香りと風の匂いが混ざり、遠くで鳥が鳴いた。
時が止まったように、ただ互いを確かめ合うように、何度も、何度も重なった。
重なりながら、唇を重ね、僅かに開いた隙間から舌を求め合い、時に陽介は清蔵の胸の頂に指を這わせ、その熱と鼓動を確かめた。
清蔵が陽介の腰に回した腕は陽介をしっかりと引き寄せていた。
そして――
陽介は遂に低い唸り声と共に達した。
清蔵の唇から漏れる切ない声と共鳴するようで、それは叫びでも呻きでもなく、何かから解き放たれた男の、深い息だった。
清蔵は己の中に注がれた熱い精を愛しいと感じていた。
陽介の腕に包まれ胸に顔を埋めたまま、老いた体を預ける。
彼の手が、背をそっと撫でていた。
「……清蔵さん。ありがとうございます」
「……俺の方だ。ありがとうよ……生きてて、よかった」
風がまた吹いた。
春が、ふたりのあいだに、確かに根を下ろしたようだった。
山を下りて家へ戻ると、縁側の陽がすでに傾きはじめていた。
洗い上げた布団が軒下に干され、草いきれの香りが辺りに満ちていた。
清蔵は足を洗いながら、ふと陽介の横顔を盗み見た。
陽介は、いつもと変わらぬ顔で、子どもと遊ぶ里美の声に耳を傾けていた。
ただ、ほんの少し、目尻の緩みが深くなっているように見えた。
「じいちゃん、待ってたよ!」
庭から走ってきた曾孫――いや、里美と陽介の娘――が、勢いよく抱きつく。
清蔵はその小さな体をしっかりと受け止め、笑った。
「悪かったな、それでも、お父さんが手伝ってくれたから、じいちゃん助かったんだよ」
その言葉に、里美も縁側から笑みを向けた。
「今日もおじいちゃんと陽介さん、仲良しだねえ」
その一言に、陽介がわずかに照れたように笑い、何も言わずに山仕事の道具を片付けはじめた。
清蔵はその背中を目で追いながら、静かに胸の内に言葉を刻む。
――この暮らしを壊すことは、絶対にできない。
あの山で交わした温もりは、たしかに生きる力になった。
だがそれは、自分たちだけの静かな記憶として、この家の穏やかな空気の中に、そっと埋めておくべきものだった。
夕食時の笑い声と、箸の音。
その中で、ふと陽介が清蔵の湯呑みに茶を継ぎ足した。
何気ない仕草――けれど指がわずかに触れた瞬間、互いに目を伏せた。
清蔵は黙って、湯呑みを口に運んだ。
微かに香ばしい茶の香りとともに、陽介の気配が胸の奥まで沁みてくる。
夜、縁側に並んで腰掛けると、風が暖簾をやさしく揺らした。
「……幸せにしてやれよ、里美を」
そう呟くように言うと、陽介は隣で静かに頷いた。
「……はい。清蔵さんに出会って、あらためて思いました。……大切にします」
その言葉に、清蔵は目を閉じた。
己の命をここで燃やし尽くすこと。それが、あの娘のためであり、己の贖罪でもある。
それでも、風に混じって届く陽介の体の匂い、昼間の熱を思い出すような心の疼きが、かすかに残っていた。
それは、決して口に出すことのない、深く秘めた想い。
だが確かに、互いの中で消えることのない火種として、そこにあった。
翌朝、清蔵は陽介と鍬を持ち畑を起こしていた。
土の匂いと、朝露の冷たさ。
手を伸ばすたび、指先が重なることもある。
けれど誰にも気づかれないまま、その一瞬のぬくもりが、今日を生きる力となる。
陽介は、決して言葉にはしない。
だがその目の奥にある誠実さと、清蔵を「男」として見ている静かな情熱を、清蔵は確かに感じていた。
――俺たちは、これでいい。
互いがそこにいてくれるならばーー
命をまっとうするまで、この暮らしを守りながら、生きるのだ。
25/06/19 19:33更新 / 卯之助