読切小説
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棟梁と若頭
荒仕事を終えた夕暮れ、火の落ちた木場の作業小屋には、まだ材の香と、男たちの汗の余韻が残っていた。
棟梁の政次は、最後まで手を止めなかった若頭・新次の働きを目の端に収めながら、今日も無言で声をかけるタイミングを計っていた。

「……背中、張ってねぇか?」

そう言って近づいた政次の手が、新次の肩に添う。日焼けした肌に、木くずがまだ張り付いている。
新次ははにかんだように笑ったが、政次の指が僅かに肩の筋を撫でた時、背をぴくりと震わせた。

「棟梁……今夜も、ですか」

囁くような新次の声に、政次は答えず、その手を背中から腰へと静かに滑らせた。
二人は、誰もいない作業小屋の奥――資材の陰に身を潜め、言葉の代わりに、身体の熱を確かめ合う。

仕事着の襟元を緩めるだけで、新次の体からは男の匂いと、日中の汗が混じった芳しさが立ちのぼる。
政次はその首筋に顔を埋め、舌先を這わせながら、くぐもった声で問う。

「……きのう、褌、洗ったろ。香が変わった」

「……棟梁の鼻は、なんでも見抜く……」

やがて、二人の手が互いの下帯にかかり、褌の布越しに感じる熱が、言葉の代わりに心を交わす。
緩められた褌は湿りを帯び、政次の手に収められた新次のものは、じんと温かく、ほのかに塩気を含む男の香。

「……おまえの、持ち帰って、夜に嗅いだ」

政次の告白に、新次の瞳が震える。棟梁と呼ぶ男が、夜毎に己の布を鼻に寄せている――その想像に、下腹が重く疼いた。

「そんなこと……言われたら、俺、たまらねぇ……」

新次は自ら政次の頬を引き寄せ、唇を重ねた。粗野な職人の唇とは思えないほど、甘く、やさしい口づけ。
腰と腰がぶつかり合い、褌越しに熱が伝わるたび、二人はどちらからともなく縺れ倒れ、資材の間の薄布の上に身体を横たえた。

政次が指で解いた新次の褌は、濃く湿り、布の中ほどには小さな染みが広がっている。
それを見た政次の喉が鳴り、新次もまた政次の布の匂いに、目を細めてうっとりと頬を染めた。

「……棟梁の、……香ばしい。何度も、夜に慰めた」

その一言が、政次の深部を突き動かす。

「今夜は……もう、慰めるだけじゃ足りねぇな」

二人は褌を交換し、香りを確かめ合いながら、宵の静けさに紛れて、男同士の情交に身を焦がしていった。
布と布の擦れる音、息の昂ぶり、肌と肌がぶつかる微かな震え――

それは、言葉では語れぬ悦び。
夜が更けても、互いの熱が離れることはなかった。
25/05/24 06:30更新 / 卯之助

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