途切れた鎖と老いらくの熱
そんな関係も数年に渡り、私にずっとつけ続けられていた貞操帯はいつの間にか外されていました。
浜口さんにつけられた刻印も数年が経ってか文字も薄れてきていて、私は2人からの愛情に包まれて幸せだったと思います。
私が68歳を迎えた頃、病弱に臥せっていた浜口さんはお亡くなりになられ、私たちの関係も終わりを悟りました。
沢田さんもここ数ヶ月は私を求めなくなっていたので、きっと沢田さんは私を好きじゃなく、浜口さんが好きだった私を好きになっていたと思っています。
驚いたのは住んでいた家なのですが、最初から私名義になっていたようで、浜口さんが亡くなったら家が無くなってしまうという恐れはあったんですが、その心配はなくなりました。
続いて浜口さんから毎月支給されていたお金ですが、月に50万円もの大金でしたが、それも亡くなる直前まで続けられていて、私は使う機会が一切なかったので、数千万円の貯金がありました。
沢田さんは私に愛情がないと分かったのか、自然と他の男に執着するようになり、私の元から去って行きました。
私は一体これからどうしたらいいんだろうか...と思いつつ、やっぱり口やお尻にはチンコが欲しくなっていて、数十年振りにハッテンサウナに行ってみました。
時代が変わったという感じがし、私が通っていた頃とはやっぱり雰囲気そのものが違いましたね。
それでも誘われると誰彼構わずに相手をするようになって、気がつけば私は70歳を迎えていました。
特定の相手はおらず、その場限りの相手を求めては毎日のようにハッテンサウナに行って男を物色する日々でした。
だけども私が求めるのは激しく、私を束縛するかのような相手で、それを初めての相手に求めるのはかなり無理がありましたね。
そんな中でエッチした相手から『年齢に拘らないのであれば掲示板を使ってみれば?』と提案されました。
メールのやり取りは直ぐにエッチが出来るサウナと違ってまた新鮮でしたが、やはり面倒くさいというのが先に出てしまっていました。
そんな中で年上の方から数人くらい声がかかりましたが、私のこれまでの経験を話すと皆さんどこか一歩引いてるような感じがしていました。
実際に調教されたり、毎日のように体を使われ続けるということは話を聞いたことはあっても実際にそういう人がいるかまでは分からなかったようでしたね。
掲示板で知り合って実際に会った方は徳さんという年上の方でした。
私の3つ年上の方で、私のこれまでに行ってきた内容を実際にやってみたいという方だったんです。
待ち合わせをして、現れたのは温和そうな方で、喫茶店に入って色んな話をしていたら、徳さんも色々とやってみたいという願望が強い人だったので、その日はそのまま私の家に連れていってエッチすることになりました。
ズボンを脱いでみたら徳さんは越中褌を常用されていて、私の頭を褌に埋めるようにしてきました。
年配の蒸れた褌と数日はお風呂に入っていないようなきつい臭いが私の鼻について、一瞬で私のMな部分が表に出てしまいました。
褌をずらしたら現れたのは浜口さんを想像させるような大きいチンコでした。
余りの大きさに舐められることが少なく、入れたことは無かったようで、一度はお尻に入れてみたいという願望だったのです。
徳さんはさほど経験がないようで、私がチンコ以外にも徳さんの乳首やお尻も舐めて奉仕すると、タチである徳さんの方がヨガっていました。
私としては顔もタイプな徳さんが、私の口奉仕で喘いでるのがたまらなく可愛く思ってしまい、意地悪するかのようにじわじわと攻めてみました。
最初に会う方は何処が感じるかすらも分からないので、私は基本的に最初の人は全身をくまなく舐めてしまう癖があるんです。
どうやら徳さんは太ももと背中が一番の性感帯らしく、そこを舐めてあげるとタチであるはずの徳さんは女性のように感じた声を上げるのでした。
私は巨大に膨れ上がった徳さんのチンコを口に咥えて、根元の方まで飲み込むように咥えると、これまでは先っぽだけしか経験がなかったようで、甘美な快楽に徳さんは一瞬にして放出してしまいました。
よっぽどため込んでいたのか分かりませんが、年齢を感じさせない量と濃さに私は驚きつつも、徳さんから放たれた精液を美味しく飲み干すのでした。
浜口さんにつけられた刻印も数年が経ってか文字も薄れてきていて、私は2人からの愛情に包まれて幸せだったと思います。
私が68歳を迎えた頃、病弱に臥せっていた浜口さんはお亡くなりになられ、私たちの関係も終わりを悟りました。
沢田さんもここ数ヶ月は私を求めなくなっていたので、きっと沢田さんは私を好きじゃなく、浜口さんが好きだった私を好きになっていたと思っています。
驚いたのは住んでいた家なのですが、最初から私名義になっていたようで、浜口さんが亡くなったら家が無くなってしまうという恐れはあったんですが、その心配はなくなりました。
続いて浜口さんから毎月支給されていたお金ですが、月に50万円もの大金でしたが、それも亡くなる直前まで続けられていて、私は使う機会が一切なかったので、数千万円の貯金がありました。
沢田さんは私に愛情がないと分かったのか、自然と他の男に執着するようになり、私の元から去って行きました。
私は一体これからどうしたらいいんだろうか...と思いつつ、やっぱり口やお尻にはチンコが欲しくなっていて、数十年振りにハッテンサウナに行ってみました。
時代が変わったという感じがし、私が通っていた頃とはやっぱり雰囲気そのものが違いましたね。
それでも誘われると誰彼構わずに相手をするようになって、気がつけば私は70歳を迎えていました。
特定の相手はおらず、その場限りの相手を求めては毎日のようにハッテンサウナに行って男を物色する日々でした。
だけども私が求めるのは激しく、私を束縛するかのような相手で、それを初めての相手に求めるのはかなり無理がありましたね。
そんな中でエッチした相手から『年齢に拘らないのであれば掲示板を使ってみれば?』と提案されました。
メールのやり取りは直ぐにエッチが出来るサウナと違ってまた新鮮でしたが、やはり面倒くさいというのが先に出てしまっていました。
そんな中で年上の方から数人くらい声がかかりましたが、私のこれまでの経験を話すと皆さんどこか一歩引いてるような感じがしていました。
実際に調教されたり、毎日のように体を使われ続けるということは話を聞いたことはあっても実際にそういう人がいるかまでは分からなかったようでしたね。
掲示板で知り合って実際に会った方は徳さんという年上の方でした。
私の3つ年上の方で、私のこれまでに行ってきた内容を実際にやってみたいという方だったんです。
待ち合わせをして、現れたのは温和そうな方で、喫茶店に入って色んな話をしていたら、徳さんも色々とやってみたいという願望が強い人だったので、その日はそのまま私の家に連れていってエッチすることになりました。
ズボンを脱いでみたら徳さんは越中褌を常用されていて、私の頭を褌に埋めるようにしてきました。
年配の蒸れた褌と数日はお風呂に入っていないようなきつい臭いが私の鼻について、一瞬で私のMな部分が表に出てしまいました。
褌をずらしたら現れたのは浜口さんを想像させるような大きいチンコでした。
余りの大きさに舐められることが少なく、入れたことは無かったようで、一度はお尻に入れてみたいという願望だったのです。
徳さんはさほど経験がないようで、私がチンコ以外にも徳さんの乳首やお尻も舐めて奉仕すると、タチである徳さんの方がヨガっていました。
私としては顔もタイプな徳さんが、私の口奉仕で喘いでるのがたまらなく可愛く思ってしまい、意地悪するかのようにじわじわと攻めてみました。
最初に会う方は何処が感じるかすらも分からないので、私は基本的に最初の人は全身をくまなく舐めてしまう癖があるんです。
どうやら徳さんは太ももと背中が一番の性感帯らしく、そこを舐めてあげるとタチであるはずの徳さんは女性のように感じた声を上げるのでした。
私は巨大に膨れ上がった徳さんのチンコを口に咥えて、根元の方まで飲み込むように咥えると、これまでは先っぽだけしか経験がなかったようで、甘美な快楽に徳さんは一瞬にして放出してしまいました。
よっぽどため込んでいたのか分かりませんが、年齢を感じさせない量と濃さに私は驚きつつも、徳さんから放たれた精液を美味しく飲み干すのでした。
26/05/19 10:09更新 / 杉山浜沢
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