連載小説
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新しい扉
世間では「後期高齢者」という、どこか冷めた響きの言葉でくくられる年齢、七十五歳になった。鏡を覗き込めば、深く刻まれたシワや白くなった髪が現実を突きつけてくる。だが、胸の奥にある熱だけは、若い頃から何一つ変わっていないつもりだった。

私の人生は、男とともにあった。
若い頃からずっと、愛するのは男性だけだ。二十代でこの世界に足を踏み入れて以来、私は一貫して「タチ」として生きてきた。好みのタイプは一貫して自分より若い男たちだ。生意気な盛りを迎えたちっぽけなプライドを持った若者を、私は何人も抱き、そして泣かせてきた自負がある。

特定の誰かと寄り添い、家庭を持つことなど考えたこともなかった。それよりも、若さという一瞬の輝きを、できるだけ多くの男たちと分かち合いたかった。世が夜に包まれると、仕事の疲れなどどこへやら、足は決まってあの雑踏の中のハッテン場へと向かった。

尽きることのない若い肉体欲に身を任せ、毎晩のように見知らぬ男たちと重なり合った。当時は、若さと性欲の全盛期だった。最初はお互いの体を慈しむように舐め合い、そして挿入する。それだけのシンプルな行為が、年齢とともに少しずつ変容していった。四十代を迎える頃には、相手の体を味わい尽くす快楽に溺れ、お尻を愛おしむように舐めることも、私にとっては日常の当たり前になっていた。

だが、寄る年波という残酷な真実は、どんなに抗っても平等にやってくる。
転機が訪れたのは、六十代に入ってからのことだった。ある夜、いつものように若い相手と肌を合わせたとき、ふと異変に気づいた。かつては意のままに脈打っていたあそこが、思うように大きくならなくなっていたのだ。

持続力は失われ、途中で萎えてしまう日が増えた。若さを武器にしていた私にとって、それはアイデンティティの崩壊を意味していた。私の周囲にいた若い男たちは、冷酷なまでに正直だ。私の体が「男」としての機能を失っていくにつれて、懇意にしていた者たちも、まるで潮が引くように次々と離れていった。

「男としてのエッチを無くしたら、私には何も残らない」
そう思い詰めるほど、その快楽と熱狂に人生のすべてを賭けていた。だからこそ、求めても応えてくれない自分の体への絶望感は深く、私の心から生きる気力を根こそぎ奪っていった。布団の中で天井を見つめながら、もう自分の夜は終わったのだと、本気で諦めかけていた。

そんな、すべてを諦めかけていたある日のことだった。かつて体の関係にあった一人の若い男が、ぽつりとこんな言葉を投げかけてくれた。
「タチが駄目なら、ウケをやればいいじゃないですか」

その一言が、私の固まった頭の中で妙な響きを持って反響した。
これまでずっと、挿入する側として生きてきた。自分のお尻を使った行為など想像もしたことがなかったし、正直に言えば、未知の世界への恐怖心が強かった。しかし、これまで私が抱いてきたウケの子たちの表情を思い出してみる。彼らは皆、悦びの絶頂で確かに感じていた。もしかしたら、この老いた私にも、まだ知らない扉を開くことができるのだろうか。

プライドが邪魔をしなかったと言えば嘘になる。だが、失うものなどもう何もないという諦念が、私に一歩を踏み出させた。
どうせやるなら、勝手知ったる昔の相手がいい。そう思って、かつてウケだった男に連絡を取り、すべてを委ねることにした。

初めて体験するその世界は、最初こそ戸惑いと痛みが勝っていた。しかし、教えられるままに身を委ねるうち、奇妙な感覚が全身を駆け巡った。それは単なる痛みではなく、これまでの人生で味わったことのない、奥底から湧き上がるような快楽の予感だった。

六十代の後半に差し掛かる頃には、私のお尻はすっかりその快感に目覚めていた。かつては珍棒だけで感じていた世界が、お尻という新たな性感帯を手に入れたことで、何倍にも広がっていった。お尻が刺激されると同時に、それまで眠っていた乳首までもが敏感に反応するようになった。

若い男を抱くだけだった私が、今や抱かれる悦びを知った。そしてこの年齢になっても、私の好みは相変わらず若い男たちだった、いや、そう思っていたのだが、人生とは面白いもので、このあとさらに、同年代の男たちと交わるという、新たな扉が私を待ち受けていたのだ。
26/09/04 18:56更新 / 調教師の60代
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