快楽の代償
私の中での「アメリカの老人」といえば、屈強で大柄、そして全身が毛むくじゃらに覆われているというステレオタイプなイメージが強かった。しかし、ホテルの豪華な一室に通されて目の当たりにした二人の老人は、その想像とは完全に真逆だった。
背筋がスッと伸びたスマートな体型に、上品に整えられた白髪。おまけに心配していた言葉の壁についても、彼らは驚くほど流暢な日本語を操り、コミュニケーションに不安を覚える隙すらなかった。
部屋に入ると、二人はゆったりとしたガウンを羽織っていただけだった。前をしっかりと締めているわけではなく、はだけたガウンの隙間からは、その立派なナニが最初から丸見えの状態になっていた。
平常時のリラックスした状態であるにもかかわらず、そのサイズは我が家にいる彼やその友人とは比較にならないほど遥かに巨大だった。私は思わず自分の目を疑った。よく見ると、ただ大きいだけでなく、あれほどの巨体であるにもかかわらず皮がしっかりと余っている。それはまさに、完全なる「真性包茎」のナニだった。
友人が事前に私のプロフィールを詳しく伝えてくれていたのだろう。彼らは私の歪んだ変態性をすでに十分に理解していた。私は言われるがままにベッドの端に腰掛ける二人の前に歩み寄り、身につけていた越中褌一枚の姿になってから、彼らの足元へと跪いた。
「アメリカ人のナニは、日本人とは匂いや味がまったく違う」という噂話をどこかで聞いたことがあったが、実際にその場に身を置いてみると、それは紛れもない事実だった。
普段から決して皮が剥かれることのない包茎のナニゆえに、内部にこもっていた古い匂いや尿の残り香は、日本人のそれとは異質な、強烈で野性的なアロマを放っていた。その圧倒的な質量と異国的な匂いを目の当たりにし、私は唾液を飲み込むことすら忘れていた。
まずは皮を優しく手で剥き、濃厚な小便の風味がたっぷりと染みついた亀頭から舐め始めた。すると、私の熱心な奉仕に呼応するかのように、そのナニはみるみるうちに膨張を始め、あっという間に私の顔全体をすっぽりと覆い隠してしまうほどのサイズへと変貌を遂げた。
私は必死の思いで口を大きく開き、その根元まで深く咥え込もうとした。しかし、あまりの長さに、咽頭の奥、本当に食道のあたりまでナニの先端が直接グリグリと押し付けられているような生々しい感覚があった。
世間でよく言われる「アメリカ人はナニが大きい代わりに柔らかく、日本人は小ぶりだが硬い」という都市伝説のような噂を、私はこの身をもってリアルに体験することになった。
これほどまでに巨大で太いというのに、全体の質感は驚くほどに柔らかい。その奇妙な手触りは、これまでの経験にない不思議な感覚だった。
やがて、その太い指がお尻の割れ目を容赦なくこじ開け、ついに挿入の時が訪れた。驚くべきことに、外国人のその柔らかい質感のおかげで、サイズが常軌を逸しているにもかかわらず、不思議と鋭い痛みのようなものは一切なかった。その代わり、お尻の奥の奥、普段は絶対に到達しないような深部までぐりぐりと犯されているという、これまでにない全く新しい快感が私を襲った。
ほんの数回、ゆっくりと力強くピストンされただけで、私のナニは耐えきれなくなり、自分の手すら触れていないのに大量の精液を勢いよく噴射していた。
私があっさりとイッてしまったのを見て、二人はニヤリと余裕の笑みを浮かべた。
「もっと気持ち良くしてあげるよ」
その言葉を皮切りに、私たちはそこからおよそ三時間もの間、二人が交代でお尻と口を容赦なく使い続けるという濃密な時間に突入した。
日本の老人たちとは明らかに違う、底知れぬ精力と逞しい肉体。二人の外国人はそれぞれすでに三発ずつも射精しているというのに、衰えるどころかますますギラギラとした活力を放ち続けていた。その底なしのスタミナには、ただただ圧倒されるばかりだった。
さらに、食道の奥深くまで突き入れられたナニから、そのまま容赦なく熱い小便を放出された。まるで胃袋に直接ホースで温かい液体を流し込まれているかのような、強烈な背徳感と満腹感が私を支配した。
この衝撃的な出会い以来、私はこの二人のアメリカ人老人とも定期的に連絡を取り合い、週に一回は必ずホテルの一室で身体を重ねる関係になってしまった。
世界を股にかけた巨大なナニの快楽を知ってしまった私だったが、同時に心の奥底でふとした疑問と、抑えきれない好奇心が頭をもたげはじめていた。
これほどの圧倒的な質量を持ちながら、もしも「日本人特有のあの硬さ」が完璧に合わさったとしたら、一体私の身体はどうなってしまうのだろうか?
その禁断の想像は、日増しに私のなかで膨れ上がっていった。そして私は、引き返すことのできない「一つの禁忌」へと、静かに足を踏み入れてしまうことになるのだった。
アメリカの老人たちとの濃密な関係を重ねるうちに、私の内面で一つの強い願望が抑えきれなくなっていた。それは、「これほど大きくて太いナニを持ちながら、さらに日本人のような『圧倒的な硬さ』を兼ね備えた男を味わってみたい」という、危険な好奇心だった。
とはいえ、そんな規格外のサイズを持った日本人など、長年通ってきたハッテンサウナでも見たことがない。どこにそんな相手がいるというのかと諦めかけていたとき、ふと過去の記憶が蘇った。
以前、掲示板を通じて知り合った男性と会った際、私の「年配の男性しか愛せない」という希望年齢の条件から大きく外れた、若い世代からも時折メッセージが届いていたことを思い出したのだ。希望年齢を明確に設定していても、「ダメ元で」とアプローチしてくる若者たちは通常すべて無視していた。
しかし、その若い男の一人がプロフィール欄に記していた一文が、今の私の心を強烈に捉えていた。そこには「アメリカの老人にも負けないほどの巨大なナニを持っている」と書かれていたのだ。
私は「一度きりなら」という軽い免罪符を自分に言い聞かせ、その若い彼に連絡を取り、都内のホテルで待ち合わせることにした。
もちろん、会う前には厳しい条件を伝えていた。「私は普段、老人の男性としか身体を重ねない。だから、もし若いあなたの身体を見て途中で興奮が冷め、ナニが萎えてしまったらその時点で即座に解散する」と。彼はそれを了承した上で、自信満々にやってきたのだ。
ホテルの一室に入り、若い彼が下着を脱ぎ捨てた瞬間、私は息を呑んだ。平常時の状態ですら、今同棲している彼が完全に勃起しているときとほぼ同じサイズだった。しかも、驚くべきことにその先端は分厚い皮にすっぽりと包まれ、立派な真性包茎の状態を保っていた。
「この日のために、あえてお風呂に入らずにおじさんの好きなように臭くしておいたよ」
彼はそう言って不敵に笑った。私は期待に胸を躍らせながら、その若い肉体の前に跪き、口に含んでみた。
若さ特有の生命力に満ちたその匂いは、これまで味わってきたどの老人とも異なる新鮮なアロマを放っていた。私の熱心な愛撫によって、彼のナニはみるみるうちに膨張を始め、あっという間にアメリカの老人たちをも凌駕するほどの圧倒的な大きさと太さに変貌していった。
しかも、外国人のそれとは決定的に違う点があった。それは、鉄のようにカチカチとした「日本人の硬さ」が完璧に備わっていたことだ。
本来の計画では、ただ舐めて、サクッとお尻を犯されてそれで終わりにし、二度と会うつもりはなかった。しかし、その雄々しく仕上がった完璧な巨根を目の前にした瞬間、私の理性は完全に吹き飛んでいた。気づけば私は、普段なら絶対に「若い子にはしない」と決めていたはずの愛おしいキスや、亀頭や裏筋を慈しむようなお尻の舐め奉仕まで、自ら進んで行っていた。
そして、いざ挿入された瞬間、私は衝撃のあまり声を失った。お尻の奥の奥、これまで誰も到達したことのない深部までが容赦なく突き上げられるだけでなく、その硬質的な太さがダイレクトに私の内部を打ち据える。アメリカの老人たちの柔らかい快感とはまた次元が違う、暴力的なまでに気持ち良い感覚が全身を駆け巡った。
若い彼はとにかくスタミナが有り余っていた。「僕はちょっと遅漏気味なんだ」と言った通り、私の中を捉えてから休むことなく一時間以上も激しく腰を打ち付け続けた。だが、一向に射精する気配も、途中で萎える気配も微塵すらなかった。
一方の私は、年甲斐もなく何度も何度も絶頂を繰り返し、気がついたときには自分のナニから噴き出した精液で下半身がぐちゃぐちゃに汚れていた。
そこからさらに三十分ほど経過した頃、ようやく彼の息遣いが荒くなり、私の内部に向けて大量の熱い精液がドロドロと放出された。
行為が終わってナニを引き抜かれたあとも、彼のそれは衰えることなくしっかりと硬さを保っていた。その姿に私は言い知れない感動を覚え、かつては「若い子のものは絶対に綺麗にしない、小便も絶対に飲まない」と固く心に誓っていたはずなのに、気がつけば自然と口をつけ、彼の残り香や排泄物を自ら進んで求めてしまっていた。
たった一度の、その若い彼との行為は、これまでの私の人生で体験したすべての快感を遥かに凌駕していた。
「これなら、アメリカの老人たちに通うよりも、彼と会っている方が何倍も満たされるのではないか……」
そんな危険な確信に囚われてしまった私は、それから週に三回ものハイペースで、その若い彼とこっそり密会を重ねるようになってしまったのだ。
しかし、快楽に溺れる私の変化に、同棲している彼はすぐさま気がついていた。毎夜お尻を犯されながら、彼は私の締まり具合の変化や、どこか違う男の匂いを敏感に察知していたのだ。
「最近、誰か他の男とやってるだろう」
ある夜、冷たく問い詰められた私は、恐る恐る若い彼と秘密裏に会っていることを白状してしまった。
その瞬間、彼の表情から余裕が消え、激しい怒りの感情が爆発した。
「私以外の人間に出自を狂わされるなんて許さない」
そう言い放った彼は、私に一つの重い罰を与えることを決断した。
翌日から、私は外出時だけでなく自宅にいるときすらも、下半身の自由を完全に奪う「貞操帯」を装着することを強制されてしまった。
私に残されたのは、彼の支配下に置かれたまま、これから丸一ヶ月間、その鉄の枷をつけられて過ごすという屈辱的で淫らな監禁生活だったのだ。
背筋がスッと伸びたスマートな体型に、上品に整えられた白髪。おまけに心配していた言葉の壁についても、彼らは驚くほど流暢な日本語を操り、コミュニケーションに不安を覚える隙すらなかった。
部屋に入ると、二人はゆったりとしたガウンを羽織っていただけだった。前をしっかりと締めているわけではなく、はだけたガウンの隙間からは、その立派なナニが最初から丸見えの状態になっていた。
平常時のリラックスした状態であるにもかかわらず、そのサイズは我が家にいる彼やその友人とは比較にならないほど遥かに巨大だった。私は思わず自分の目を疑った。よく見ると、ただ大きいだけでなく、あれほどの巨体であるにもかかわらず皮がしっかりと余っている。それはまさに、完全なる「真性包茎」のナニだった。
友人が事前に私のプロフィールを詳しく伝えてくれていたのだろう。彼らは私の歪んだ変態性をすでに十分に理解していた。私は言われるがままにベッドの端に腰掛ける二人の前に歩み寄り、身につけていた越中褌一枚の姿になってから、彼らの足元へと跪いた。
「アメリカ人のナニは、日本人とは匂いや味がまったく違う」という噂話をどこかで聞いたことがあったが、実際にその場に身を置いてみると、それは紛れもない事実だった。
普段から決して皮が剥かれることのない包茎のナニゆえに、内部にこもっていた古い匂いや尿の残り香は、日本人のそれとは異質な、強烈で野性的なアロマを放っていた。その圧倒的な質量と異国的な匂いを目の当たりにし、私は唾液を飲み込むことすら忘れていた。
まずは皮を優しく手で剥き、濃厚な小便の風味がたっぷりと染みついた亀頭から舐め始めた。すると、私の熱心な奉仕に呼応するかのように、そのナニはみるみるうちに膨張を始め、あっという間に私の顔全体をすっぽりと覆い隠してしまうほどのサイズへと変貌を遂げた。
私は必死の思いで口を大きく開き、その根元まで深く咥え込もうとした。しかし、あまりの長さに、咽頭の奥、本当に食道のあたりまでナニの先端が直接グリグリと押し付けられているような生々しい感覚があった。
世間でよく言われる「アメリカ人はナニが大きい代わりに柔らかく、日本人は小ぶりだが硬い」という都市伝説のような噂を、私はこの身をもってリアルに体験することになった。
これほどまでに巨大で太いというのに、全体の質感は驚くほどに柔らかい。その奇妙な手触りは、これまでの経験にない不思議な感覚だった。
やがて、その太い指がお尻の割れ目を容赦なくこじ開け、ついに挿入の時が訪れた。驚くべきことに、外国人のその柔らかい質感のおかげで、サイズが常軌を逸しているにもかかわらず、不思議と鋭い痛みのようなものは一切なかった。その代わり、お尻の奥の奥、普段は絶対に到達しないような深部までぐりぐりと犯されているという、これまでにない全く新しい快感が私を襲った。
ほんの数回、ゆっくりと力強くピストンされただけで、私のナニは耐えきれなくなり、自分の手すら触れていないのに大量の精液を勢いよく噴射していた。
私があっさりとイッてしまったのを見て、二人はニヤリと余裕の笑みを浮かべた。
「もっと気持ち良くしてあげるよ」
その言葉を皮切りに、私たちはそこからおよそ三時間もの間、二人が交代でお尻と口を容赦なく使い続けるという濃密な時間に突入した。
日本の老人たちとは明らかに違う、底知れぬ精力と逞しい肉体。二人の外国人はそれぞれすでに三発ずつも射精しているというのに、衰えるどころかますますギラギラとした活力を放ち続けていた。その底なしのスタミナには、ただただ圧倒されるばかりだった。
さらに、食道の奥深くまで突き入れられたナニから、そのまま容赦なく熱い小便を放出された。まるで胃袋に直接ホースで温かい液体を流し込まれているかのような、強烈な背徳感と満腹感が私を支配した。
この衝撃的な出会い以来、私はこの二人のアメリカ人老人とも定期的に連絡を取り合い、週に一回は必ずホテルの一室で身体を重ねる関係になってしまった。
世界を股にかけた巨大なナニの快楽を知ってしまった私だったが、同時に心の奥底でふとした疑問と、抑えきれない好奇心が頭をもたげはじめていた。
これほどの圧倒的な質量を持ちながら、もしも「日本人特有のあの硬さ」が完璧に合わさったとしたら、一体私の身体はどうなってしまうのだろうか?
その禁断の想像は、日増しに私のなかで膨れ上がっていった。そして私は、引き返すことのできない「一つの禁忌」へと、静かに足を踏み入れてしまうことになるのだった。
アメリカの老人たちとの濃密な関係を重ねるうちに、私の内面で一つの強い願望が抑えきれなくなっていた。それは、「これほど大きくて太いナニを持ちながら、さらに日本人のような『圧倒的な硬さ』を兼ね備えた男を味わってみたい」という、危険な好奇心だった。
とはいえ、そんな規格外のサイズを持った日本人など、長年通ってきたハッテンサウナでも見たことがない。どこにそんな相手がいるというのかと諦めかけていたとき、ふと過去の記憶が蘇った。
以前、掲示板を通じて知り合った男性と会った際、私の「年配の男性しか愛せない」という希望年齢の条件から大きく外れた、若い世代からも時折メッセージが届いていたことを思い出したのだ。希望年齢を明確に設定していても、「ダメ元で」とアプローチしてくる若者たちは通常すべて無視していた。
しかし、その若い男の一人がプロフィール欄に記していた一文が、今の私の心を強烈に捉えていた。そこには「アメリカの老人にも負けないほどの巨大なナニを持っている」と書かれていたのだ。
私は「一度きりなら」という軽い免罪符を自分に言い聞かせ、その若い彼に連絡を取り、都内のホテルで待ち合わせることにした。
もちろん、会う前には厳しい条件を伝えていた。「私は普段、老人の男性としか身体を重ねない。だから、もし若いあなたの身体を見て途中で興奮が冷め、ナニが萎えてしまったらその時点で即座に解散する」と。彼はそれを了承した上で、自信満々にやってきたのだ。
ホテルの一室に入り、若い彼が下着を脱ぎ捨てた瞬間、私は息を呑んだ。平常時の状態ですら、今同棲している彼が完全に勃起しているときとほぼ同じサイズだった。しかも、驚くべきことにその先端は分厚い皮にすっぽりと包まれ、立派な真性包茎の状態を保っていた。
「この日のために、あえてお風呂に入らずにおじさんの好きなように臭くしておいたよ」
彼はそう言って不敵に笑った。私は期待に胸を躍らせながら、その若い肉体の前に跪き、口に含んでみた。
若さ特有の生命力に満ちたその匂いは、これまで味わってきたどの老人とも異なる新鮮なアロマを放っていた。私の熱心な愛撫によって、彼のナニはみるみるうちに膨張を始め、あっという間にアメリカの老人たちをも凌駕するほどの圧倒的な大きさと太さに変貌していった。
しかも、外国人のそれとは決定的に違う点があった。それは、鉄のようにカチカチとした「日本人の硬さ」が完璧に備わっていたことだ。
本来の計画では、ただ舐めて、サクッとお尻を犯されてそれで終わりにし、二度と会うつもりはなかった。しかし、その雄々しく仕上がった完璧な巨根を目の前にした瞬間、私の理性は完全に吹き飛んでいた。気づけば私は、普段なら絶対に「若い子にはしない」と決めていたはずの愛おしいキスや、亀頭や裏筋を慈しむようなお尻の舐め奉仕まで、自ら進んで行っていた。
そして、いざ挿入された瞬間、私は衝撃のあまり声を失った。お尻の奥の奥、これまで誰も到達したことのない深部までが容赦なく突き上げられるだけでなく、その硬質的な太さがダイレクトに私の内部を打ち据える。アメリカの老人たちの柔らかい快感とはまた次元が違う、暴力的なまでに気持ち良い感覚が全身を駆け巡った。
若い彼はとにかくスタミナが有り余っていた。「僕はちょっと遅漏気味なんだ」と言った通り、私の中を捉えてから休むことなく一時間以上も激しく腰を打ち付け続けた。だが、一向に射精する気配も、途中で萎える気配も微塵すらなかった。
一方の私は、年甲斐もなく何度も何度も絶頂を繰り返し、気がついたときには自分のナニから噴き出した精液で下半身がぐちゃぐちゃに汚れていた。
そこからさらに三十分ほど経過した頃、ようやく彼の息遣いが荒くなり、私の内部に向けて大量の熱い精液がドロドロと放出された。
行為が終わってナニを引き抜かれたあとも、彼のそれは衰えることなくしっかりと硬さを保っていた。その姿に私は言い知れない感動を覚え、かつては「若い子のものは絶対に綺麗にしない、小便も絶対に飲まない」と固く心に誓っていたはずなのに、気がつけば自然と口をつけ、彼の残り香や排泄物を自ら進んで求めてしまっていた。
たった一度の、その若い彼との行為は、これまでの私の人生で体験したすべての快感を遥かに凌駕していた。
「これなら、アメリカの老人たちに通うよりも、彼と会っている方が何倍も満たされるのではないか……」
そんな危険な確信に囚われてしまった私は、それから週に三回ものハイペースで、その若い彼とこっそり密会を重ねるようになってしまったのだ。
しかし、快楽に溺れる私の変化に、同棲している彼はすぐさま気がついていた。毎夜お尻を犯されながら、彼は私の締まり具合の変化や、どこか違う男の匂いを敏感に察知していたのだ。
「最近、誰か他の男とやってるだろう」
ある夜、冷たく問い詰められた私は、恐る恐る若い彼と秘密裏に会っていることを白状してしまった。
その瞬間、彼の表情から余裕が消え、激しい怒りの感情が爆発した。
「私以外の人間に出自を狂わされるなんて許さない」
そう言い放った彼は、私に一つの重い罰を与えることを決断した。
翌日から、私は外出時だけでなく自宅にいるときすらも、下半身の自由を完全に奪う「貞操帯」を装着することを強制されてしまった。
私に残されたのは、彼の支配下に置かれたまま、これから丸一ヶ月間、その鉄の枷をつけられて過ごすという屈辱的で淫らな監禁生活だったのだ。
26/09/01 14:49更新 / 調教師の60代
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