狂宴の始まり
彼との同棲生活が、こうしてひっそりと、しかし劇的に幕を開けた。彼は私より三つ年上だったが、今なお現役としてバリバリと仕事をこなしている様子だった。
生活を共にするにあたって、彼は私に厳しい門限や窮屈な制約を課すようなことはしなかった。「ただ、私の性処理を定期的に行ってくれればそれでいい」というのが彼の条件だった。
それだけでも十分すぎるほどだったが、私をさらに驚かせたのは金銭面だった。彼から手渡された生活費は、私が細々と受け取っている年金の額を遥かに凌駕していた。しかも驚くべきことに、私がこれまで日課にしていたハッテンサウナなども、これまで通り自由に通っていいと言うのだ。
どうやら彼は、私をただの同居人としてではなく、自分の手でより「エロさ」を磨き上げ、もっと底知れない変態に仕立て上げたいという強い願望を抱いているようだった。
その日から、私の毎朝のルーティンは一変した。朝、目が覚めるとまずは彼のナニを深く咥え、前夜から溜まった熱い小便を飲み干すところから一日が始まる。彼が出したいときにはそのまま口でたっぷりと抜き、お尻を求められた夜には、深く激しく愛し合った。
昼間の時間は彼が仕事で出かけるためぽっかりと空いていたが、私には相変わらずハッテンサウナへ通う自由が残されていた。タワーマンションでの生活や彼からの寵愛を受けているという事実が、私の内面を少しずつ変えていたのかもしれない。以前の私は、どこか自信なげに腰が引けた状態で、ただ獲物が来るのを待つだけだった。しかし今では不思議と自信がつき、自分から積極的にタイプの老人に声をかけられるようになっていた。
ある日、私はサウナの脱衣所で七十代後半ほどに見える老人に声をかけた。枯れかけたその萎びたナニを口に含み、お互いの身体を貪るように舐め合う。
以前の私なら、相手がイキそうになる気配を察すると慌てて口を離し、精液は相手のお腹の上に出してもらうのが決まりだった。しかし、今の私には毎日のように同棲相手からドロドロの精液や小便を喉の奥まで流し込まれているという「調教」があった。その異常な日常にすっかり慣れきってしまったせいか、サウナでその日初めて会った老人の精液でさえ、私は何の抵抗もなく口いっぱいに受け止め、すべて残さず飲み干してしまっていた。
そんな刺激的な日々を繰り返しているうちに、いつの間にかハッテンサウナの中で、私はちょっとした「ウケ役の変態」として名前が知れ渡るようになっていた。
私の異常なまでの執着や、相手の体臭を愛する特殊な嗜好を熟知した常連客たちが、お風呂に入る前にわざわざ私を狙って声をかけてくるようになったのだ。彼らは「まずはスッキリしてから風呂に入ろう」と言い、私を大部屋や個室へと連れ込んだ。
私は本来、もっと激しくお尻を犯されたいという強い願望を持っていた。しかし、ハッテンサウナの性質上、自分から「お尻をやってほしい」と積極的に要求するのは難しく、相手から求められるのを待つしかなかった。
そんなある日、サウナで親しくなった一人の老人から、耳寄りな情報を教えられた。
「ゲイ専用の掲示板があるんだよ。そこに自分がどういうことをしたいか書き込んでおけば、気の合う相手がいくらでも見つかって、願いを叶えてくれるさ」
家に戻ると、同棲している彼が自由に使わせてくれている共用のパソコンがあった。私は興味本位と、隠しきれない期待に突き動かされるように、そのゲイ専門の掲示板の扉を叩いてみた。
「お尻を犯されたい」
震える指でそう書き込んで送信すると、驚いたことに、ほんのわずかな時間の間に、見ず知らずの相手から大量のメールが届いた。
当時の私にとって、男性同士がプライベートで親密になれる場所といえばハッテンサウナや公園くらいしかなかった。ネットを介した出会いに戸惑いながらも、私はまずはサウナで待ち合わせるという無難な方法で、メールをくれた相手の一人と会う約束を取り付けた。
そして約束の日、サウナのロビーに現れたのは、髪の毛が半分ほど白髪混じりの、落ち着いた雰囲気の男性だった。ルックスも私の好みのストライクゾーンにぴったりとハマる、なかなかのタイプだった。
私たちは並んで受付を済ませ、そのままサウナの暗がりへと足を踏み入れた。
このときの私はまだ知らなかった。このネットを通じた出会いが、私のなかに眠っていたさらなる深い淫らな欲望を呼び覚まし、想像もしなかった狂気の世界へと導く扉を開くことになるのだということを。
掲示板を通じて知り劣った男性と一緒に、私たちは再び見慣れたハッテンサウナの敷居を跨いだ。
この頃、私は同棲している彼から厳格な、しかし私にとってはご褒美のような決まりを言い渡されていた。「外出する際の下着は、越中褌以外は一切着用してはならない」というものだ。そのため、この日も私の下半身には古風な褌がしっかりと巻き付けられていた。
現代のサウナ施設において、アンダーウェアとして褌を好んで身につけている人間など少ない。そのため、脱衣所で服を脱いだ瞬間から、周囲にいた老人たちの熱っぽい視線が一斉に突き刺さってきた。何人かの老人が「おいおい、いい歳をしてその格好はエロすぎるだろ」と、面白がるように声をかけてきた。
この日の私の最大の願望は、事前に掲示板で伝えていた通り「しっかりと洗っていない男の体を心ゆくまで舐め奉仕すること」、そして何よりも「タチ役に激しくお尻を使われること」だった。
一緒にやってきた掲示板の彼は、私のその欲望を完全に把握していた。彼は浴室へ直行するのではなく、薄暗い照明が落とされた大部屋の奥へと私を導いた。
部屋の隅に横たわった彼に寄り添い、まずは深いキスから始まった。私は彼の首筋から敏感な乳首、そして臍のまわりへと順々に舌を這わせ、男の匂いが濃く残る足の指先まで、残さず丁寧に舐め上げていった。
しばらくすると、彼は不意にうつ伏せへと体勢を変えた。その背中を上から順に舐め下ろしていくと、彼は自らの手でお尻を左右に開き、私に愛液を求めるように差し出してきた。私は歓喜に震えながら、その卑俗な穴を舌先で執拗に責め立てた。
やがて彼は仰向けになり、今度は私を導いた。私は彼の硬くそそり立ったナニを口に含んで熱心に奉仕しながら、彼にお尻を向けて跨った。彼は私のお尻の割れ目を丁寧に舐め回し、十分にほぐしてくれた。
彼の股間は、私の絶え間ない唾液と彼の我慢汁で、すでにびしょ濡れの小さな大洪水になっていた。その濡れそぼった状態のまま、彼から一気に正常位で深く挿入された。
同棲している彼以外のナニを受け入れるのは、本当に久しぶりのことだった。その新鮮な刺激と、奥底を突かれる重みに、私の口からは自然と大きな喘ぎ声が漏れ出ていた。
そもそもハッテンサウナという場所は、互いの身体を舐め合ったり手で扱き合ったりするのが主流であり、その場でここまで深くお尻に挿入されることは滅多にない。それだけに、私たちの周囲には、その生々しい光景を聞きつけて、いつの間にか大勢のギャラリーが黒山の人だかりを作っていた。
ここでは、二人の世界を独占したいと好む者もいれば、こうした公開的な状況を楽しむ者もいる。ギャラリーの老人たちは、少しでも近くでその一部始終を見届けようと貪欲な視線を向けていた。
すると、一緒にやってきたタチ役の彼が、私にこう囁いた。
「おい、せっかくだから周りの老人たちにもサービスしてやれよ」
その一言を合図に、私の頭上には次々と別の老人たちのナニが差し出された。お尻を激しく貫かれ、下半身をかき乱されながら、同時に口にも別の老人のナニを咥えさせられる、そんな過酷で背徳的な同時プレイは、これまでの人生で一度も経験したことがなかった。
私はこの異常な複数プレイの渦に、まるで飲み込まれるようにどっぷりと浸かっていった。快楽のあまり、脳が溶けていくような感覚すらあった。
しばらくして、一緒に来た彼が私のお尻の奥深くに熱いものをすべて吐き出した。ナニを引き抜いた直後、彼はまだ興奮冷めやらぬ私の目の前にそれを差し出した。いわゆる「お掃除」と呼ばれるその行為を、私は周囲のギャラリーが見守る中で当然のように遂行した。その瞬間、男たちのどよめきと、さらに高まった歓声が暗がりの中に響き渡った。
掲示板のやり取りで私の性癖を完璧に理解していた彼は、それに満足することなく、私の口に直接熱い小便を放出した。
私は何の躊躇もなく、その生温い液体を余すことなくすべて喉の奥へと飲み干した。
「これでやっと終わる……」
そう心の中で安堵したのもつかの間、一緒に来ていた彼はギャラリーの老人たちに向かって、恐ろしい提案を口にした。
「こいつのお尻も口も、好きなだけ使っていいぞ。それに、こいつは男の小便を飲むのが大好きな変態だから、それも存分に味あわせてやってくれ」
その言葉をきっかけにして、サウナの大部屋の空気が一変した。次々と別の老人たちが列をなし、私を代わる代わる犯し始めたのだ。
お尻には、ほぼ休む間もなく、一人の老人が出すと同時に次の老人のナニが容赦なく挿入されていく。その間も口には常に別の男のナニが押し込まれ、挿入を待てない者やタチ役ではない者たちは、そのまま私の口内へと容赦なく射精していった。
私にとっては永遠の時間のようにも感じられたが、あとから時計を見れば、その間になんと三時間もの時間が経過していた。
サウナの清掃時間が迫り、最後の一人が私の中に出し切ったところで、ようやくその狂宴に区切りがついた。私は最後の男のナニを口で綺麗にし、最後に残された小便の処理をさせられて、ようやく解放された。
立ち上がろうとした私のお尻からは、受け止めきれなかった大量の精液がトロトロと零れ落ちていた。そして、胃の腑に流し込まれた膨大な量の精液と小便のせいで、私のお腹は妊婦のようにぽっこりと不気味に膨れ上がっていたのだった。
生活を共にするにあたって、彼は私に厳しい門限や窮屈な制約を課すようなことはしなかった。「ただ、私の性処理を定期的に行ってくれればそれでいい」というのが彼の条件だった。
それだけでも十分すぎるほどだったが、私をさらに驚かせたのは金銭面だった。彼から手渡された生活費は、私が細々と受け取っている年金の額を遥かに凌駕していた。しかも驚くべきことに、私がこれまで日課にしていたハッテンサウナなども、これまで通り自由に通っていいと言うのだ。
どうやら彼は、私をただの同居人としてではなく、自分の手でより「エロさ」を磨き上げ、もっと底知れない変態に仕立て上げたいという強い願望を抱いているようだった。
その日から、私の毎朝のルーティンは一変した。朝、目が覚めるとまずは彼のナニを深く咥え、前夜から溜まった熱い小便を飲み干すところから一日が始まる。彼が出したいときにはそのまま口でたっぷりと抜き、お尻を求められた夜には、深く激しく愛し合った。
昼間の時間は彼が仕事で出かけるためぽっかりと空いていたが、私には相変わらずハッテンサウナへ通う自由が残されていた。タワーマンションでの生活や彼からの寵愛を受けているという事実が、私の内面を少しずつ変えていたのかもしれない。以前の私は、どこか自信なげに腰が引けた状態で、ただ獲物が来るのを待つだけだった。しかし今では不思議と自信がつき、自分から積極的にタイプの老人に声をかけられるようになっていた。
ある日、私はサウナの脱衣所で七十代後半ほどに見える老人に声をかけた。枯れかけたその萎びたナニを口に含み、お互いの身体を貪るように舐め合う。
以前の私なら、相手がイキそうになる気配を察すると慌てて口を離し、精液は相手のお腹の上に出してもらうのが決まりだった。しかし、今の私には毎日のように同棲相手からドロドロの精液や小便を喉の奥まで流し込まれているという「調教」があった。その異常な日常にすっかり慣れきってしまったせいか、サウナでその日初めて会った老人の精液でさえ、私は何の抵抗もなく口いっぱいに受け止め、すべて残さず飲み干してしまっていた。
そんな刺激的な日々を繰り返しているうちに、いつの間にかハッテンサウナの中で、私はちょっとした「ウケ役の変態」として名前が知れ渡るようになっていた。
私の異常なまでの執着や、相手の体臭を愛する特殊な嗜好を熟知した常連客たちが、お風呂に入る前にわざわざ私を狙って声をかけてくるようになったのだ。彼らは「まずはスッキリしてから風呂に入ろう」と言い、私を大部屋や個室へと連れ込んだ。
私は本来、もっと激しくお尻を犯されたいという強い願望を持っていた。しかし、ハッテンサウナの性質上、自分から「お尻をやってほしい」と積極的に要求するのは難しく、相手から求められるのを待つしかなかった。
そんなある日、サウナで親しくなった一人の老人から、耳寄りな情報を教えられた。
「ゲイ専用の掲示板があるんだよ。そこに自分がどういうことをしたいか書き込んでおけば、気の合う相手がいくらでも見つかって、願いを叶えてくれるさ」
家に戻ると、同棲している彼が自由に使わせてくれている共用のパソコンがあった。私は興味本位と、隠しきれない期待に突き動かされるように、そのゲイ専門の掲示板の扉を叩いてみた。
「お尻を犯されたい」
震える指でそう書き込んで送信すると、驚いたことに、ほんのわずかな時間の間に、見ず知らずの相手から大量のメールが届いた。
当時の私にとって、男性同士がプライベートで親密になれる場所といえばハッテンサウナや公園くらいしかなかった。ネットを介した出会いに戸惑いながらも、私はまずはサウナで待ち合わせるという無難な方法で、メールをくれた相手の一人と会う約束を取り付けた。
そして約束の日、サウナのロビーに現れたのは、髪の毛が半分ほど白髪混じりの、落ち着いた雰囲気の男性だった。ルックスも私の好みのストライクゾーンにぴったりとハマる、なかなかのタイプだった。
私たちは並んで受付を済ませ、そのままサウナの暗がりへと足を踏み入れた。
このときの私はまだ知らなかった。このネットを通じた出会いが、私のなかに眠っていたさらなる深い淫らな欲望を呼び覚まし、想像もしなかった狂気の世界へと導く扉を開くことになるのだということを。
掲示板を通じて知り劣った男性と一緒に、私たちは再び見慣れたハッテンサウナの敷居を跨いだ。
この頃、私は同棲している彼から厳格な、しかし私にとってはご褒美のような決まりを言い渡されていた。「外出する際の下着は、越中褌以外は一切着用してはならない」というものだ。そのため、この日も私の下半身には古風な褌がしっかりと巻き付けられていた。
現代のサウナ施設において、アンダーウェアとして褌を好んで身につけている人間など少ない。そのため、脱衣所で服を脱いだ瞬間から、周囲にいた老人たちの熱っぽい視線が一斉に突き刺さってきた。何人かの老人が「おいおい、いい歳をしてその格好はエロすぎるだろ」と、面白がるように声をかけてきた。
この日の私の最大の願望は、事前に掲示板で伝えていた通り「しっかりと洗っていない男の体を心ゆくまで舐め奉仕すること」、そして何よりも「タチ役に激しくお尻を使われること」だった。
一緒にやってきた掲示板の彼は、私のその欲望を完全に把握していた。彼は浴室へ直行するのではなく、薄暗い照明が落とされた大部屋の奥へと私を導いた。
部屋の隅に横たわった彼に寄り添い、まずは深いキスから始まった。私は彼の首筋から敏感な乳首、そして臍のまわりへと順々に舌を這わせ、男の匂いが濃く残る足の指先まで、残さず丁寧に舐め上げていった。
しばらくすると、彼は不意にうつ伏せへと体勢を変えた。その背中を上から順に舐め下ろしていくと、彼は自らの手でお尻を左右に開き、私に愛液を求めるように差し出してきた。私は歓喜に震えながら、その卑俗な穴を舌先で執拗に責め立てた。
やがて彼は仰向けになり、今度は私を導いた。私は彼の硬くそそり立ったナニを口に含んで熱心に奉仕しながら、彼にお尻を向けて跨った。彼は私のお尻の割れ目を丁寧に舐め回し、十分にほぐしてくれた。
彼の股間は、私の絶え間ない唾液と彼の我慢汁で、すでにびしょ濡れの小さな大洪水になっていた。その濡れそぼった状態のまま、彼から一気に正常位で深く挿入された。
同棲している彼以外のナニを受け入れるのは、本当に久しぶりのことだった。その新鮮な刺激と、奥底を突かれる重みに、私の口からは自然と大きな喘ぎ声が漏れ出ていた。
そもそもハッテンサウナという場所は、互いの身体を舐め合ったり手で扱き合ったりするのが主流であり、その場でここまで深くお尻に挿入されることは滅多にない。それだけに、私たちの周囲には、その生々しい光景を聞きつけて、いつの間にか大勢のギャラリーが黒山の人だかりを作っていた。
ここでは、二人の世界を独占したいと好む者もいれば、こうした公開的な状況を楽しむ者もいる。ギャラリーの老人たちは、少しでも近くでその一部始終を見届けようと貪欲な視線を向けていた。
すると、一緒にやってきたタチ役の彼が、私にこう囁いた。
「おい、せっかくだから周りの老人たちにもサービスしてやれよ」
その一言を合図に、私の頭上には次々と別の老人たちのナニが差し出された。お尻を激しく貫かれ、下半身をかき乱されながら、同時に口にも別の老人のナニを咥えさせられる、そんな過酷で背徳的な同時プレイは、これまでの人生で一度も経験したことがなかった。
私はこの異常な複数プレイの渦に、まるで飲み込まれるようにどっぷりと浸かっていった。快楽のあまり、脳が溶けていくような感覚すらあった。
しばらくして、一緒に来た彼が私のお尻の奥深くに熱いものをすべて吐き出した。ナニを引き抜いた直後、彼はまだ興奮冷めやらぬ私の目の前にそれを差し出した。いわゆる「お掃除」と呼ばれるその行為を、私は周囲のギャラリーが見守る中で当然のように遂行した。その瞬間、男たちのどよめきと、さらに高まった歓声が暗がりの中に響き渡った。
掲示板のやり取りで私の性癖を完璧に理解していた彼は、それに満足することなく、私の口に直接熱い小便を放出した。
私は何の躊躇もなく、その生温い液体を余すことなくすべて喉の奥へと飲み干した。
「これでやっと終わる……」
そう心の中で安堵したのもつかの間、一緒に来ていた彼はギャラリーの老人たちに向かって、恐ろしい提案を口にした。
「こいつのお尻も口も、好きなだけ使っていいぞ。それに、こいつは男の小便を飲むのが大好きな変態だから、それも存分に味あわせてやってくれ」
その言葉をきっかけにして、サウナの大部屋の空気が一変した。次々と別の老人たちが列をなし、私を代わる代わる犯し始めたのだ。
お尻には、ほぼ休む間もなく、一人の老人が出すと同時に次の老人のナニが容赦なく挿入されていく。その間も口には常に別の男のナニが押し込まれ、挿入を待てない者やタチ役ではない者たちは、そのまま私の口内へと容赦なく射精していった。
私にとっては永遠の時間のようにも感じられたが、あとから時計を見れば、その間になんと三時間もの時間が経過していた。
サウナの清掃時間が迫り、最後の一人が私の中に出し切ったところで、ようやくその狂宴に区切りがついた。私は最後の男のナニを口で綺麗にし、最後に残された小便の処理をさせられて、ようやく解放された。
立ち上がろうとした私のお尻からは、受け止めきれなかった大量の精液がトロトロと零れ落ちていた。そして、胃の腑に流し込まれた膨大な量の精液と小便のせいで、私のお腹は妊婦のようにぽっこりと不気味に膨れ上がっていたのだった。
26/09/01 14:46更新 / 調教師の60代
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